【下巻重版御礼SS】※前回の続きです

「生まれた日、というのはつまり?」

「誕生日と言って、その日は生まれてきてくれたことを感謝してお祝いする日なんですよ。先日出向いた場所の風習だそうで、贈り物をしてご馳走を食べる家族の行事のようです。今、軍部の中でも流行っているんです」

「はあ……?」


それはつまり、アナルドが生まれてきてきれたことを祝うということだろう。それはわかったが、どうしてバイレッタが伯爵家にいなければいけないのかがわからない。そもそもガイハンダー帝国には生まれた日を正確に管理していない。何月に生まれたとはあるが、何日までとは調べないものだ。

バイレッタも春に生まれたことは知っているが、自分の生まれた日は知らない。たぶん、父に聞いてもわからないだろう。


「自分の生まれた日を調べるのに少し時間がかかってしまって、ギリギリになってようやく貴女に約束を取り付けられたのです。さあ、帰りましょう」


彼が戻ってきてからも忙しくしていた理由はわかったが、だからと言ってバイレッタが納得できるはずもない。


「待ってください。こちらは仕事の話なので、少しだけお時間ください。その後で貴方に付き合いますから」

「仕方ありませんね。では待っていますので、一緒に帰りましょう」


存外、あっさりと頷いたアナルドだが、聞き分けが良すぎる。一抹の不安がバイレッタを襲った。叔父に顔を向けると、彼も難しい顔をしている。


「叔父様?」

「誕生日というのは、確かに聞いたことがあるけれど。お祝いは家族が用意するもので、自分で自ら行うものではなかったと思うが」


つまり、祝い事を祝われる本人が熱心に調えたということか。

確かに、おかしな話に聞こえる。それほど誕生日を祝ってほしいのか。本当に冷血狐の異名はどこへ行ってしまったのだろう。


「バイレッタは誕生日という風習を知らないでしょう。ですから、今回は自分でしてほしいことを用意しました」

「してほしいこと?」


贈り物がほしいということなら、何かを買って送ればいい。

だが、してほしいこととなると少し雲行きが怪しい、ような気がする。


「まずは屋敷に一緒に帰ります。馬車というのは想定していませんでしたが、並んで座りましょう。家に着いたら、居間でゆっくりしましょう。貴女に膝枕というのをしてもらって、何か話を聞かせてください。上から落ちてくる声を目を閉じて聞くと言うのは素晴らしいと友人が語ってくれました。それと、夕食は食べさせ合うことをするのだそうです。今回は切り分けやすいものを用意してもらいましたから、問題ありませんよね。もちろん、バイレッタの好きな物を頼んでいますよ。ここからが、大切ですが、夜には――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


滔々と語りだした夫に向かってバイレッタは思わず声をかけた。

アナルドは口を閉じて、不思議そうに自分を見つめてくる。


「今、言ったことを全部するんですか?」

「いえ、違います」


あっさりと否定した彼に、思わずほっと胸を撫で降ろした。

どこから仕入れてきた情報かは知らないが、バイレッタの羞恥心をあっさりと煽ってくる数々の内容に、頭が沸騰するかと思った。

絶対にやりたくない!


だが、アナルドは当然のように続けた。


「まだ話の途中ですから、全部ではありません。ですから、夜には――」


彼の話はまだまだ続く。

バイレッタは誕生日というのはなんと恐ろしいものなのかと真っ青になるのだった。

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