【下巻発売記念SS】2/25発売!

紛争地帯から戻ってきたアナルドは、しばらく休暇になったらしい。

けれど、帝都にあるスワンガン伯爵家に一日いることは少ない。朝早くに出かけることもあるし、深夜に帰宅することもある。


何をしているのかは定かではない。

バイレッタは本業が忙しくて夫に構っていられないというのが正直なところだ。


なので、夫の行動についてはとくに気にしたこともない。


「いや、それは浮気だね。バイレッタ、今すぐに別れるべきだ」


いつもの叔父との会食に利用しているレストランで、サミュズと対面でランチをしていると、彼は自信たっぷりで頷いた。

今日は、裁縫工場の補修について相談に乗ってもらっていたはずだ。忙しい彼の大事な時間を割いてもらって、急遽この場を設定したのに、なぜ帰還した夫の話になったのだろう。

不思議に思いながら、バイレッタは先ほどの叔父の言を反芻する。


「浮気…ですか?」


あの冷血狐は、他人にあまり興味がない。

そんな彼が、他所に女を作るようなまめなことをするだろうか。違和感はあるものの、彼についてそれほど詳しいわけでもない。


もしかしたら、そんなこともあるのかもしれない。


「だとしたら、もちろん別れますけれど」


口の中でとろけるようなほどに柔らかい牛肉が、喉を通る頃には重たい石の塊のような感触になった。

軽く胃を押さえながら、バイレッタは叔父に目を向ける。


彼はなんとも複雑そうな顔をしながら、バイレッタを眺めていた。


「そうか…バイレッタは……あの男、絶対に許さないからな……私の可愛い姪を…っ」

「叔父様、どうかしましたか?」

「なんでもない。突き止めるなら、手伝うよ。そういう伝手は心当たりがある」


商売柄、敵の多い叔父は、調査人を独自に抱えている。サミュズに頼めば、夫が何をしているのかすぐにわかるだろう。


「それには及びませんよ」


横から声をかけられて、バイレッタは思わずそちらに顔を向ける。

苦々しげに叔父は、声を落とした。


「なぜ、ここにいる? 部外者は立ち入り禁止だ」


叔父の部下ならば、これほど不機嫌な声を聞いただけで竦みあがりそうだ。けれど、アナルドは気にした様子もなくまっすぐに視線を返した。


「部外者ではありませんから。それに今日の妻の先約は俺ですので」

「え?」


そんなことを約束した覚えはなかった。


「バイレッタは知らないようだが?」

「それは、わりと意識が飛んでるときに約束したからですかね」


にこりと微笑んで夫が、爆弾発言を放った。

それはつまり夜の――バイレッタは察して真っ赤になって立ち上がる。


「先約ってなんですか?」

「今日は一日、俺と屋敷で過ごす約束ですから」

「なぜです? 忙しくされてましたのに」

「今日のために忙しくしていたのに、肝心の貴女がいないのでは意味がない」

「は?」


なぜ、彼が忙しくしていたことと自分が関係しているのか。

バイレッタには理解できなくて、首を傾げた。

不可解な様子が伝わったのだろう。アナルドは淡々と説明した。


「今日は俺の生まれた日なんです」

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