番外編⑥-4 夫の本質
拝殿の正面にはアナルドの姿がある。
祭壇の前で待つ姿に、思わず見惚れる。
無地だが細工は繊細で袖口やボタンが秀逸だ。宝石を縫い込められた紐飾りのついた腕章は、儀典用の正装だろう。
腰には短い剣が差し込まれていたが、美しい宝石で飾られた柄と鞘に実用性は乏しいと思われた。
あんな格好もできるのかと感嘆する。
そして、どこまでも極上の男だ。
敷かれた絨毯は黄色みがかった上質のものだ。まっすぐ彼に向かって伸びている。
父とともに、彼に近づきながらバイレッタはどくんと脈打つ心臓の音を聞いた。
腹が立つのも馬鹿らしくなるほど、美しい夫だ。
「バイレッタ」
低い声が、存分に甘く自分の名前を呼ぶ。
祭壇の前からにこりと笑いかけられて、我に返った。
見入っている場合ではない。
彼の魂胆はなんだと探らなければ。
周囲には両親と、義父母、ミレイナとべナードがいる。さすがに片田舎に住んでいる兄夫婦は呼べなかったようだが。
ささやかな立ち合い人を設けて、わざわざ結婚十年目の節目にこんな茶番を行う理由はなんだ。
初めて見たのは、薄暗い真夜中の夫婦に割り当てられた寝室で。
こんなに綺麗な顔の男がいるのかと信じられなかった。男にしては女のような美貌。それでも、冷たい表情はどこまでも月のように清廉で。そして、決して女には見えない力強さを備えていて。
噂は大抵大袈裟で、真実が何割なんだと言いたくなるようなものばかりだが、彼の場合はむしろ噂が過小評価されているのかと思ったものだ。
それでも初夜は散々で、それからもわりと夫に振り回されて。恋を自覚して、失意に暮れて、また惚れ直して。
なんやかんやあって子供も産まれて、思いの外幸せな結婚生活を送っているけれど。
彼の本質が冷徹狐であることはしっかりきっちり分かっている。
愛を囁かれて、謝罪もされてやり直したいなどと殊勝なことを言っても、どこか計算高く虎視眈々と獲物を狙っているかのような男なのだ。
父からアナルドへと引き渡されて、二人揃って並んで司祭を見つめる。
小柄で温厚を絵に描いたような老人だ。うっかり癒されそうになるほどに。
だが、彼ににこにこと祝福を受ける間も、バイレッタは気が抜けなかった。
隣に静かに並ぶ男の真意をただただ考えるだけだ。
そうしてる間にも、長い司祭の祝詞が終わり穏やかに宣誓される。
「夫アナルド=スワンガンと妻バイレッタ=ホラントとの婚姻をここに認め、神の祝福を授からん。……おめでとうございます、末長くお幸せに」
司祭の笑顔には一点の曇りもなかった。
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