番外編⑥‐3 男同士の約束

女性たちが取り囲んで身に付けていたものを有無を言わさず剥ぎ取られたときは何事かと思った。

だが、化粧を施して純白のドレスを着させられれば夫が何をさせたいのかはわかった。


今、部屋の中央に立ってぼんやりと姿見を眺めながら、鏡面に映る女に問いかける。


だが、本人に相談もなしに勝手に進めるものなのか。


憮然とはするが、面と向かってやりましょうと言われても自分は絶対に頷かなかっただろうなという気はする。

今さらだし、子供もいるし、別に見せたい相手がいるわけでもない。

体型だって昔と変わった。

むしろ、よく着れたなと感動するほどだ。レットかレスガラナ辺りがサイズ直しには関わっていそうだ。職場で会ったらキリキリ締め上げてやる、と心に誓う。


支度が整いましたと女の一人が声をかければ、おずおずと男が部屋に入ってくる。


「ああ、とても綺麗だな。バイレッタ」


うっすらと涙を浮かべたのは父だ。

今では退官して帝都でゆっくりと夫婦水入らずの生活を送っている。

かつての覇気は失くなった。好好爺といった風情には、義父とは随分と様子が異なる。エルメレッタを見るたびに相好を崩す父に、誰だこれ状態だ。


愛情は感じていたけれど、なんだかむず痒くなってしまった。


「アナルド君が、改めてバイレッタの花嫁姿を見たいと頼みに来たときは驚いたが…うん、よく似合っている」


母が着た花嫁衣装は、バイレッタがスワンガン伯爵家に嫁いだ日にも着ていた。

あのときは十六歳だ。

たんなる小娘だった。

それから十年。


やはり気恥ずかしいものがある。


「お母様の方が、こういう柔らかい衣装は似合いますよね?」

「そりゃあドラナールは女神のように美しいから。何を着ても神々しいが」


母を溺愛している父はあっさりと頷く。

はいはい、知っていますよとバイレッタは白けた気分になった。


「でも―――…お前が綺麗なことには変わりないだろう。アナルドくんが、ますます心配しそうだなぁ」


心配といいながら、父の顔はどこかからかいを含んでいて。

あの夫がなんと言って、父に出席するように頼んだのか不安になった。


馬鹿なことを言っていなければいいが。


バイレッタの夫は、子供ができてから奇行が目立つようになった。

ところ構わず愛を囁き、休日は四六時中付きまとわれる。タガが外れたとは、彼のことを言うのだろう。


義父など化け物を見たかのように避けまくっている。


「あの…お父様、夫が何か余計なことを言いましたか?」

「うん、いやいや。これは男同士の約束だからな。それより、もう行かないと痺れを切らして乗り込んでくるかもしれないぞ」


男同士の約束だと?

物凄く気になる。そして途轍もなくくだらないような気がする。

そして聞いたら後悔しそうだ。


エスコートするように腕を差し出した父に掴まりながら、バイレッタははあっと息を吐いた。


控えていた女がフワリとヴェールを下ろしてくれる。

部屋の扉が開かれて、父が歩きだした。


「じゃあ、行こうか」

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