番外編⑥-1 身勝手な脅迫

「少しでかけませんか」


とある休日、朝食後に自室で書類を眺めているとおもむろにやってきたアナルドが無表情のままで問いかけてきた。

一応、訊ねている形だが、全く拒否できる隙がない。

命令のようにしか聞こえないのだから、不思議なものだ。


ひとまず、別の方向から断ってみる。


「あまり長い間、母親が離れるとエルメレッタの機嫌が悪くなりませんか?」

「あの子は俺に似て、大人しくて手のかからない良い子だと聞きましたが」


一歳になってようやく数歩歩けるようになった娘は、確かに感情の起伏があまりなく両親が傍にいなくても泣き叫ぶようなことがない。数歩歩いて転んでも、なぜ転んだのか考えているような思案顔をする幼女だ。

本当に一歳なのかと雇った乳母と真剣に話し合ったこともある。


なるほど、これが夫の血かとバイレッタは納得した。


「少し仕事がありまして。片付けてからでもよろしいですか?」

「貴女の仕事がない時など、ありませんよね」

「急ぎなのですが」


仕事の邪魔はしないと約束した筈だが、いつになく彼の態度は頑なだ。


「明日も休みだと聞きました」

「まぁ、一応はそうですが。やりたいことはたくさんあります」


アナルドはやや考え込んで、にこりと微笑んだ。


「間男から、先ほど手紙が届きました。このタイミングでなんとも不愉快極まりないことです。俺はとても憤りました。返してほしければ、出かけましょう」

「それって、一応は脅迫ですよね?!」


夫はゲイルを間男呼ばわりすることを止めない。彼が戦争に行っている間に、エルメレッタの出産に立ち会えなかったばかりか、その役割を彼にとられたからだ。

ことあるごとに引き合いに出しては、ねちねちと嫌みを言ってくる。

一年も経っているが、変わることはない。なんとか二人目で彼が出産に居合わせられればいいと思うが、仕事が忙しいのとアナルド自身もかなりの頻度で戦場に呼ばれるので、二人目の時期を読むのがなかなか難しい。


しかし自分宛に届いた手紙を勝手に受け取った挙げ句に、渡してほしければ言うことを聞けとはどんな身勝手な脅迫だろうか。


軽い目眩を覚えるが、なにやら秘めている夫は少しも譲るつもりがないらしい。


アナルドは強引で、一度決めると突っ走る傾向がある。戦場では情報を集めて分析し冷静に対処すると評判だが妻に関してだけは当てはまらない。


書類を机の上に置くと、バイレッタは立ち上がった。


「どこへ行くかは決まっているのですか?」

「そうですね、ひとまずは馬車を用意していますのでそのまま来ていただけますか」


家に帰ってきたら、仕事の続きを片付けようと決めて彼の案内で玄関に向かう。

見通しが甘かったと知るのはまだまだ先のことだった。

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