番外編④‐4 天使の悪魔のつぶやき(ゲイル視点)

「これで、満足ですか?」

「一緒に寝ていただきたいって話したと思うんですけど?」


静かに扉を開けて入ってきたのはエルメレッタだ。

可愛らしく口を尖らせても、決して騙されてはいけない。


「ちなみに一緒に寝たとして、それをどうするつもりですか?」

「もちろん、お父様に報告いたしますわ。ちょっと欲しいものがあって。交渉材料が欲しいところだったので」


父におねだりするのは構わないが、交渉材料が捏造した母の浮気情報ってどういうことだろう。というか、交渉材料が必要なおねだりってなんだ?


考えてもきっと自分には思いもつかないのだろうことは理解している。

アナルドが怒り狂って報復に来ないことを願うばかりだが。血みどろの未来を思い浮かべて、早々に思考を放棄した。


「私を巻き込まないでください」

「あら、でもゲイル様でないとお母様は止められないのです。お父様がいれば、あの手この手で働き過ぎてるお母様を止めてくれるんですけど戦に行ってしまったのでここにはいないし。布の買い付けから戻ってきて一週間も経たずに工場の全焼でしょう? ここ数日ほとんど寝ていないのだもの。顔色は悪いし、今にも倒れそうな様子で。もう一服盛るしかないでしょう」

「顔色が悪いのは認めますが……一服? お香もお茶も興奮を鎮めて心が落ち着くだけだって言ってませんでしたか?!」


確かにこんな枕元で騒いでいるのに、バイレッタが起きる気配がない。そもそも眠たくなるのが早すぎた気もする。お香やハーブにそんなに即効性があるわけがない。彼女が疲れているからだと思ったが、本当に睡眠薬が入っていたのか。

乾燥ハーブは鞄の中から自分が出したのだ。メイドが用意したお湯くらいしか混入させられるものはないが。

静かに寝ている姿に、思わず心配になる。


「体にほとんど影響のないものですから、ご安心ください?」

「エルメレッタ、勝手に睡眠薬を本人の同意をなしに盛るのは犯罪ですよ」


静かに怒れば、さすがの少女もしおらしくうなだれた。


「申し訳ありません、あまりに疲れているお母様が心配で……」


俯いて震えている姿はなんとも憐れだ。

バイレッタに似ているから、ますます罪悪感が募る。


「彼女が起きたら私も謝りますから、一緒に言いましょう」

「知らないとはいえ、実行犯はゲイル様ですけれど。お母様と一緒に寝ていなくても、お父様へは十分な交渉材料になりますわ。本当にありがたいことですわね。もちろん、お母様に一緒に謝ることはやぶさかではありませんが」


パッと顔をあげた少女が天使の笑顔で悪魔のようなことを呟いた。


バイレッタに知らなかったとはいえ、薬を盛ったなんてアナルドが知れば、確実に刃傷沙汰だ。そこまではいかなくとも、いつまでも終わらない嫌味はありそうだ。


ざっと青ざめつつ。絆されてはいけないのだ、とゲイルは何度めかの戒めを心に刻むのだった。


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