番外編④‐2 天使のお願い(ゲイル視点)
コンコンと扉をノックすれば、落ち着いたはいという応えが返る。
「今、少しお時間よろしいか」
「ゲイル様、すみません。お待たせしてしまって。それにエルメレッタの相手まで…」
正面の机に座って書類を読んでいたバイレッタが、恐縮したように頭を下げてきた。
「あー、いえ。ええと、彼女の相手は、はい、大丈夫です」
「それはあの子が何か困らせたということでしょうか?」
母親の勘なのか、それとも自分の態度が不審すぎたのか。バイレッタは美しい眉を顰めて、考え込む。
鋭いけれど、なんとも答えづらい話題ではある。
「それより、工場の方は落ち着いたのですか?」
「はい。まさかこの繁忙期に工場がまるっと火災に遭うとは思いませんでした。いえ、忙しいからこそきちんと掃除をして、こまめに見回るべきでした。でも反省もしましたし、商品の方は納品分は他の工場に回して、新規分の受付は中止して、なんとか人手も確保しましたので大丈夫です。レットたちにもすでに連絡済なので、あとは調整がうまくいくことを祈るばかりですね」
事なげに微笑む彼女は本当に美しい。
困難な事態も瞬時に解決してしまう。これまでの経験と知識とを活かしているだけでなく、頭の回転がとても速いのだ。
だが、彼女の笑顔を見てなるほどとゲイルは納得した。
「それより、こちらは落ち着きましたので、ゲイル様のお話を始めましょうか」
「そうですね、ではちょっと場所を変えましょう。必要なものがあるので、私が使っている部屋まで来ていただいてよろしいですか?」
「はい、わかりました」
バイレッタは少しの疑いもなく、頷いてさっさと席を立つ。
さて、ここからどう誘うべきかと頭を悩ませた。
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そもそも昔は恋人もいたが、あっさりと振られて軍に入ってからは男所帯の中を過ごしてきた。帝国へと流れて、スワンガン領地で働いている今も相変わらず同性に囲まれている。別れたきり、きちんとした相手らしい相手もいなかった。心底惚れた運命の女神は、既婚者だったからだ。
それでも変わらずに愛を捧げてきた。
それだけで、わりと満足している。
なんせ、彼女の夫を差し置いて出産にも居合わせてしまったほどだ。
なぜかエルメレッタのときもレイナルドのときも、自分が帝都のスワンガン伯爵家に顔を出していた時にバイレッタが産気づくというよくわからない状況に陥った。
そしていつも戦地へ出兵していてアナルドはいないのだ。
結果的に、夫を差し置いて出産後のバイレッタを見舞い、かいがいしく乳児の世話をすることになった。
身内でもなくましてや夫でもないのだが、男手というか人の手が必要だと周囲に押し切られた形だ。
なぜなら産後すぐに動けるようになるとバイレッタが仕事に行ってしまう。まだ安静にと言われても寝台の上で書類を読み込むことも度々あり休むように説得するためにもいてほしいと頼まれた。
戦地から戻ってきたアナルドからは相当睨まれたし、なんなら間男ですか、そうですか、覚悟してくださいなどと脅される始末。
それでも三ヶ月ほどは育児に関わったので、バイレッタの二人の子供たちは親戚の子以上に親近感がわいてしまう。
だからといってエルメレッタの願いを叶えるのはとても難しいのだが。
天使のお願いは、独身で恋人なしの自分には本当に難易度が高いとこっそりため息をつくのだった。
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