閑話 恐ろしい予言(ミランシュアル視点)

紛糾した議会の二日目も、議論不能として強制的に終了した。

といっても、軍人たちが追い出されただけだ。

議会所属の者たちは、今頃議長に詰め寄っているところだろうか。あの老人が一筋縄ではいかないことはお見通しなので、どちらにも同情する気はないが。


「お見事ですね、閣下」


議会堂の廊下を進むと、出迎えたナミライが声をかけてきた。

昨日は彼も家に帰れたからか、表情が柔らかい。遅く出勤してもよいと言われていたので、じっくりと英気を養ってきたのだろう。同じく自宅に帰れたスワンガンも議会に出席する前から、いつもよりも随分と表情は柔らかかった。

どちらも妻と穏やかな時間を過ごしてきたのだろう。


羨ましいことだ、と嘆息する。

自分は悪魔に付き従って、クーデターの主犯たちの尋問を行い集めた情報の分析をしていたというのに。そのうえ職場で一夜を明かして、疲労困憊の中魔界大戦のような議会に出席してきたというのに。誰かに労わって欲しい。


「廊下にまで声が響いていましたよ、よほど議長を怒らせたようだ。そんな爆弾をよく投下できましたね」

「君たちがしっかり働いてくれたおかげだ。まあ、一番は冷静な狐を怒らせた自業自得とも言うけれど?」

「議長の弱点を見つけてきたのは、閣下ではありませんか。俺は丁重に交渉しただけです」

「アレを交渉っていう? 強制連行の間違いじゃないの」


スワンガンがしれっと答え、モヴリスは面白そうに肩を揺すっている。

詳細は知らないが、立ち入ってはいけないと本能が警告している。


彼らの話は、議長の弱点たる孫娘に目をつけたのがモヴリスで、議長席まで連れてきたのはスワンガンということだろう。

彼は昨晩はクーデターの主犯を捕えていたはずだが、いつの間にそんな働きをしていたのか。

つくづく敵に回したくない相手だ。


そもそもは議会が戦勝費を素直に支払えば、こんな大事にはならなかったというのに。議会が欲をかいて金を惜しんで、軍の力を削ぎたいと計画しなければ、という思いもあるが、半分以上はあの老人の私怨だと知っている。

議長はモヴリスの天敵と言っても過言ではない。議会で会う度に嫌味の応酬だ。今回、モヴリスが大将になったのでさらなる嫌がらせが込められた結果だろう。

もともとのクーデターは十年ほど前から計画されてあちこちに種を撒いていたようだが、今回動いて標的をスワンガンにしたのは確実にモヴリスのせいだと断言できる。


なぜ、それに自分たちが巻き込まれたのか、考えてはいけない。天災はどうにもできない。被害に遭えば、あとは被害が最小限にすむ方法を考えるだけだ。

このまま議会には、素直に支払いをお願いしたい。


原因のモヴリスは、廊下に一人立つナミライに向けて首を傾げた。


「ナミライ君しかいないのかい? 他の皆はどうしたの」

「休暇だそうですよ。伝言係を承りました、詳細をお聞きになりたいですか?」

「トレド君は馴染みの娘のところだろ、ガクレマス君は家だろうし。オズーン君はどうせ山籠もりだ。聞くまでもないね。トライデン君だけは読めないけれど」

「彼なら部屋で閣下の戻りを待っていますよ」

「なるほど。では、トライデン君以外の皆を呼び戻してもらおうかな」

「貴方はまた嫌がらせするつもりか…少しは部下を労ったらどうだ」


散々働かされた彼らが休みを取りたいのも納得だ。

ほぼ片付いて、あとは議会との調整だ。軍でクーデターに関わっていた人物たちの洗い出しは終っているので、信頼できる部下でも十分にやっていける。


「閣下なりの労いでしょう、ねぇ?」

「もちろんだとも。ほら、明日も議会はあるのに、休めると思うのが間違いだよね」

「そう言われると思ったから、さっさと先手を打って逃げ出したのだろう」

「ふふん、甘いね。僕がそう簡単に逃がすと思うわけ?」

「それでこそ、閣下です。俺に押し付けたことを後悔させてやる……」


ナミライがぼそりとつぶやいた。心の声が漏れているぞ、と忠告するのもバカバカしい。

この一癖も二癖もある部下たちは、どうにも手に負えない。そもそも上司が上司だ。


「煽るな、ナミライ大佐。ひとまず今日くらいはゆっくりさせて、明日から働かせればいいだろう。どうせ、こちらが有利だ。それでよろしいか」

「えー、ミランシュアル君は甘いよ」


ミランシュアルの提案にモヴリスは口を尖らせる。そんな顔をしてもまったく可愛くないからやめてもらいたい。そもそもいい年齢の男がする顔ではない。


「少しは譲歩してください。そのうち、手を噛まれる」

「大丈夫、躾は得意なんだ」


貴方のは躾とは言わない。

何をするつもりかは知らないが、確実にそう言えると確信する。


「大丈夫だよ。どうせ休暇返上しなきゃならない報せが来るさ。そうなれば、問答無用で帝国軍旗の元に出陣だよね」

「やめてください、人には休みも必要だ」


なんて恐ろしい予言をするのだ。

彼には何が見えているのか不思議だが、もしかしたらどこかで情報を掴んでいるのかもしれない。


スワンガンはいつもの無表情だが、彼も承知しているのか。それとも何も考えていないだけか。

後ろに控えた男はただ静かに、成り行きを見守っている。


「とにかく戻ろう。いつまでもこんなところで立ち話もなんだしね」


モヴリスが歩き出し、そのまま議会棟を出る。それに続きながら、自分の休暇はまだまだ先になりそうだと内心でため息つくのだった。

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