閑話 胃の痛い役割(ミランシュアル視点)

議会2日目は波乱から騒動へと移行した。

どちらでも大差ないとは思うが、上官のストッパーとして付き合わされている自分にはなんとも胃の痛い役割だとミランシュアルは内心でため息ついた。


モヴリスは同期だが、階級では彼の方が上だ。

にもかかわらず周囲は自分ならば彼を制御できると信じているふしがある。

蒙昧だ。妄想だ。


あの悪魔を制御だなんて恐ろしいことできるわけがないだろう。

ただなんとなく場の雰囲気を読んで、意見してまとめているだけだ。

それをモヴリスがきいているように見えるから、周囲が勝手に思い込んだ。それも彼の策略だと知らずに。


どうせこの男にとっては今回のクーデター騒ぎも暇つぶしだ。

多少は、目の前の老人に憤っているのかもしれないが、それも演技か遊びかと問われれば自信がない。


向かいの議長席についた老人はひどく小柄だ。

小さな背丈をしゃんと伸ばしていても小さい。長い白い髭は胸にまで届きそうで、皺の刻まれた顔は柔和としか言えない。

人格者として長く立法府に君臨している長は、老獪だ。


カリゼイン=ギーレル侯爵。長らく旧帝国を支えてきた帝国貴族の筆頭であり、立法府の現議長。


その表情には焦りは見えないが、周囲の取り巻きたちは喧々諤々意見を述べる。

そのような部下の様子すら腹立たしいと思っていそうだが、なんとも表情に出ないのだから化け物だ。


こちらは悪魔で、あちらは化け物。

なんともこの世の戦いとは思えない様相を呈してきたなと軽く頭を振る。


自分と反対側、モヴリスの横に控えているのは灰色の頭をした冷血な狐だ。

昨日は上司に諮られたと憤っていたが、クーデターを失敗させ主犯たちを次々と牢屋へぶち込んだ。その手腕は見事としか言いようがなく、悪魔な上司の直属の部下も一筋縄ではいかないのだなと感心する。


現在もその捕えた面々を議会席に並べ立ててクーデターの内容を詳細に読み上げさせている。それを静かに眺めているが、その内心を思うと背筋が凍る。


自分は一介の軍人なので、できれば関わり合いにはなりたくはないが、今回のクーデターの首謀者をアナルドに仕立てようと計画する立法府の大胆さには舌を巻く思いがした。


大胆というか無謀だ。


きっと彼を見かけだけの人形のような男だと思っているのだろう。そんな男が長年悪魔の下で働けるわけがないだろうと言いたい。単純な男なら自分のように、逃げ出している。自分は失敗しているが。悲しくなるからそれ以上は追及しない。


それはさておき。

結果的にクーデターの最高幹部はルミエル大佐で落ち着いた。そもそも最高幹部はいなかったのだが、議会と繋がっており集めた証拠を揉み消したり改竄したりしていたためだ。

しきりに最高幹部は否定していたが、引き受ければ減刑してやると取引すればあっさりと頷いた。もともと伯爵家の次男だ。旧帝国貴族であり、余罪はボロボロ出るだろう。本人は小者だが、血筋で決まったようなものだ。


そんな感じで決まった最高幹部が起こすクーデターなどお粗末なものだ。あまりのくだらなさに、ここ数ヵ月の苦労はなんだったのかと言いたくなる。

自分でもそうなのだから、灰色狐の胸中はいかばかりか。


くだらないクーデターの主犯にされそうだったから怒っているのかと思えば、灰色狐は妻を危険にさらしたことを怒っているようだ。

それがわかって少し、彼の人間らしい部分に安堵した。

妻を大事に思う気持ちがあるならば、悪魔な同期とは相容れないだろう。つまり少しは自分の味方になるということだ。


そんな期待を込めた眼差しには気づかず冷めた瞳を議長に向けている。こちらもやはり感情を読み取ることは難しい。どこを見回しても化かし合いか。自分はいつの間に異界に迷い混んだのかとそっと胃を抑える。


「これだけの証拠があってもまだゲームを降りる気はないの?」

「議長に失礼だろう、口には気をつけろっ」

「生憎と戦争ばっかりやっていると礼儀は忘れてしまうんだよねぇ」

「ほっほっほ、なんとも威勢のよいことじゃな」


好好爺といった風情が似合う老人が楽しげに笑う。


「そちらの言い分はあいわかったが、いくら証拠と言われて並べられてもとんと記憶にないことばかりでな。クーデターが落ち着いたということで、そちらで処理をすればいいんじゃないか?」

「議長!」


叫んだ青年は確か、議長補佐官だったはずだ。子飼いもあっさりと切り捨てる無情さに、ミランシュアルは思わず顔を顰めた。


「大丈夫ですよ、彼は侯爵家の嫡男で嘆願書が出されていますから」

「そうか。だが、なんともいえないやり口だな」


アナルドがそっと耳打ちしてくれたので、後味の悪い思いだけで済んだ。


「で、議会の議題は次に移ってもいいんじゃろうか。なんせ議題はまだまだ山積みでな」

「くそじじい! なら、これでどう。この男はサイ公爵家嫡男だよ。お前の家の孫娘の嫁ぎ先だ。今回使用した爆弾が彼が管理している倉庫からわんさか出てきてねぇ。ひとまずは身柄を押さえているんだけど、処分は免れないだろう?」

「そうか。それは次期公爵ともあろう男が見誤ったものよ。孫娘にも可哀想なことをしてしまった。せめて旧帝国貴族らしく立派に努めてもらいたいのぅ」


暗に自害しろと言われた公爵家の嫡男は憤怒の形相で議長を見つめている。


「お爺様! そんな無慈悲なことがありますか?! マルコに命じたのはお爺様でしょうにっ」


がたりと軍服を着た者が立ち上がった。

女性でも軍人はいる。だが、軍帽をとればはらりと長い髪が落ちた。現れたのはたおやかな女性だ。明らかに軍人ではなく、一般人と思われた。


「なっ、フランシェーカ! なぜ、そんな格好でそんな所に……さては小僧っ、仕組んだな?!」


ざっと音を立てて老人の顔色が変わる。今までの好好爺然とした顔からさながら悪鬼の形相だ。

彼にもどうやら大事なものがあるらしいとわかって、ミランシュアルは安堵した。

そして御愁傷様です、とそっと心の中で祈る。


「僕はさ、ボードゲームは盤上で遊ぶよりも盤をひっくり返すほうが好きなんだよね」


悪魔な同期で上司が面白そうに笑った。

絶対にこれは自分の手に負える相手ではない、とミランシュアルは胃を抑える手にさらに力を込めた。




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