第91話 自分たちとはなんとも違う

「お義姉様は甘いですわ」

「そうかしら?」

「そうです! もう怒って出て行っても誰も責めませんわよ」


がちゃんとカップを乱暴に白い丸テーブルに置いてぷりぷり怒るミレイナに、思わず苦笑する。隣にいる義妹に視線を向ければ、彼女を挟むように反対側に座っているベナードが目に入った。とろけるような笑顔を浮かべている彼は、くるくると表情の変わる義妹を見ているだけで満足だと物語る。


はいはいご馳走様。お邪魔虫はすぐに退散するので、もうしばらくはこの可愛い義妹を堪能させてください。

心の中でそっと謝罪するも、きっと彼には微塵も気づかれていない。自分が一緒にいてもいなくてもどちらでもいいに違いない。


帝都で人気のカフェテラスに、三人で遊びに来たのだ。

開け放たれた窓からは、爽やかな風が通り抜けていく。2階のテラス席は帝都の通りを行き交う人も良く見えるが、皆明るい顔をしている。

クーデター騒ぎが落ち着いたからだろう。久方ぶりに帝都に活気が戻ってきたのを感じる。今朝の新聞にもデカデカと載っていた。

モヴリスたちが解決したと書かれていたので、アナルドも相当に働かされたのだと分かる。未だに後処理なのか彼の帰りは不規則だ。深夜になったり、夕方戻ってきてまた出て行ったりと慌ただしい。


ひとまず情勢は落ち着いたので、以前に約束していたお出かけを決行した。ミレイナとべナードを連れて今、帝都で話題の店にやってきたのだ。若い人たちに人気で、しゃれていて可愛い店内は居心地がいい。軽食だけれど料理も美味しくて、すっかり堪能した。

今は食後のお茶を楽しんでいる。


もちろん、べナードにはいろいろとお世話になったための謝礼でもある。ミレイナがいるといえば、どんなことがあってもすっ飛んでくるのだから、あてられるのもバカバカしい。


例のヴォルクとの婚姻偽造書類を差し止めてくれたのは彼だと聞いて、すぐにお礼を思いついた。形に残るものではないし、自分がすることといえば予定をセッティングすることくらいで大した労力も手間もかからないお礼だが、満足そうな顔を見ているとやはり間違いではなかったと実感する。


優秀な義妹の婚約者はエミリオたちが作成した書類不備を突き付けて、書類自体を無効にしてしまった。

文字の綴りが違うとか書かれた日付がおかしいとかそんなことだったはずだが、あっさりと覆され、アナルドとの婚姻は続いている。

思えばいろんな書類に振り回されているな、とバイレッタは深々とため息をつく。

夫との賭けを決めた念書もそうだ。

その件での夫とのやり取りを思い出すと、どうにもモヤモヤとしてしまう。


嬉しそうなべナードを眺めて、これだけわかりやすい男だったら扱いも楽なのだが、とバイレッタは比較して少し気恥しくなった。

きっとひねくれた自分は、素直に夫に甘えられても穿った見方をしてしまうだろう。

ミレイナだから、べナードも素直に愛でられるのかもしれない。


思考がどうにも乙女だ。

それでも夫はバイレッタがいいと言ってくれると、なんとなく知っている。

なんとなくどころではないが、気恥しいから断言はしない。


「お義姉様、暑くなりました? お顔が赤いですけれど」

「え、ええ。そうね、今日はいつもよりも暑いわね」

「もうすっかり秋ですけれど?」

「きっと飲み物が熱かったのよ」

「変なレタお義姉様。それより、出ていくならいつでもご協力しますから、いつでもおっしゃってくださいね!」


意気込んだ義妹を見て、つい首を傾げてしまう。彼女は兄を怖がっていたはずだが、いつの間にこんなに強気に出られるようになったのだろうか。


「ミレイナはアナルド様が苦手ではなかった?」

「無表情で無口な大人は子供が怖がっても仕方ないでしょう? でもお兄様は、ただものぐさで口数が少なくて凄く感情が鈍くて、乙女心のわからない人なだけだってわかったんですもの。大切なお義姉様を護るためなら、頑張ります」


だから、アナルドがベナードとの結婚を早めるように手を回しているのか。

義妹とは婚約しているが結婚をいつにするかなどの具体的な話は全くなかった。だが、ここにきてアナルド主体で一年後には結婚したらどうかという話が出てきたのだ。


いつ何時、ミレイナがバイレッタを追い出すかわからないから、早々に屋敷から彼女を追い出したいのだろう。


ベナードはもちろん承知しているが彼女に黙っているようだ。結婚が早まる分には彼も異論はないに違いない。


義父はなぜ息子が興味関心のない娘の結婚に口を出すのか分からずに、話を保留にしている。だが動機を知れば、遅らせそうではある。

苦手な息子に嫌がらせができる絶好の機会を逃す義父ではない。


複雑な思惑が絡んだ結婚式を当の主役である花嫁だけが知らないのか、と可笑しくなる。

さて二人の結婚式はいつになるのだろうかと、バイレッタはふふっと口元を綻ばせた。


「貴女の気持ちはとても嬉しいけれど、ミレイナもちゃんと幸せになってね」

「あら、当たり前です。だって私の相手はべナード様ですもの」


当然のように頷いたミレイナは、いつの間にかすっかり強く逞しい淑女になっていた。その横で真っ赤な顔をしてこくこく頷いているべナードが可愛い。


可愛い恋人たちだが、なんとも頼もしい。

誇らしくて羨ましい。

自分たちとなんと違うことか。


バイレッタは少し遠い目をしながら、昨夜のことを思い出した。


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