第85話 一方通行の恋は辛い

スワンガンの屋敷にバイレッタを届けると、アナルドはすぐに軍へと戻っていった。

後処理があって忙しいのだろう。

それはわかっていたから、夫との話はいったん忘れることにした。


家について心配して泣きじゃくるミレイナを宥めて、風呂に入って寝台に座れば一日の疲れをどっと感じた。

明日の仕事をさぼっても誰も怒らないのではないか。

いや、レスガラナは怒ってきそうだ。彼女は仕事に誇りをもっている。ついでに業務が停滞して損失を出すことを何よりも嫌っている。


明日も仕事だ。

だが、頭が回らない。


今日一日はいろんなことがありすぎた。

感情が揺れ動いて、本当に疲れた。

ヴォルクにキスをされて嫌だったことも、ヴォルクとエミリオが意外に同級生想いだったことも、アナルドとの縁が切れたと悲しむことも、彼が迎えに来てくれて嬉しかったことも。

そして、自分がアナルドを慕っていたことも、自覚した。


だから、離婚をしたい。


彼の都合のいい妻でいたくない。

無料の娼婦でないと分かったけれど、アナルドが望んだ妻ではないのだから。

上司に押し付けられた女で、彼の意思はどこにもない。

階級もあがったし、目的は達したはずだ。

賭けの期限も切れた。

愛してるとか最愛の妻だとか、彼は心にもないことばかり言わなくても済む。


バイレッタがここにいる理由はどこにもない。


よし逃げるか、とバイレッタは今日二度目になる決意をする。

8年ぶりの初夜の際に、朝まで悠長なことを言っていたから捕まったのだ。あれさえなければ、淡い恋心を抱いたまま、キレイな思い出を抱えて生きて行けたのに。


こんなドロドロとした複雑な気持ちにもならなかったのに。


バイレッタは誰かに必要とされたかった。

いてもいいのだと言われたかった。

何より、色眼鏡なく自分自身を見つめてくれる相手が欲しかった。


それが自分が恋した相手だったら、いいと思っていた。


それなのに、バイレッタだけが彼を好きで、彼はそうでもないのだ。

助けにも来るがそれは外聞とか、建前で。

愛を囁くのも人前だけだ。欲を満たせれば満足で、そのときだけは執着される。

どうでもいい妻だから。引き止めるためだけに愛を告げられても、心には何にも響かない。きっと誰もいなくなって次を探すのが面倒なだけだ。

自分でなくてもいいのなら、自分だけが好きなだけなら、傍にいるのは辛すぎる。一方通行な恋が、こんなにしんどいのだとは知らなかった。


出て行ったとわかったら追いかけてはくれるだろう。でもバイレッタが本気で嫌だと言えばそんな女は面倒だと放り出すに違いない。

面倒くさがりで薄情な夫だ。


バイレッタは気合いを入れた。


そうして、深夜過ぎて寝室に戻ってきた夫に、念書を突きつけたのだった。

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