第76話 最悪の人選
「お前みたいな暴れ馬のような女を助けてやると言っているんだから、有り難く従えばいいだろう」
「女は黙って従っていればいいんだ。さっさと俺を解放しろ」
双方から息ぴったりに責められて、バイレッタは短く息を吐く。
助けて欲しいだなんて一言も頼んでいないのだが。
きっと彼らは聞く耳を持たないのだろうことは想像がついた。
それでもひとまず、声をかけてみる。
「アナルド様から助けていただいたということですけれど、きちんと本人に聞いてからにします。ですから、私を家に帰していただけます? 頷いていただければ、すぐさまグラアッチェ様を解放しますわよ」
「ば、馬鹿なことを言うな…そんなことをしてみろ、お前も殺されるぞ」
ぎょっとした顔をして振り返ったエミリオの言葉に、自分以外の誰が殺されることになるのか考える。
そもそも誰が誰に殺されるというのか。
立法府にアナルドが殺されるから、自分も殺されるのか。
いや、アナルドを最高幹部に仕立てて、軍に処刑させるつもりだろう。ここにいれば、それに巻き込まれるということだろうか。
先ほどからエミリオたちは時間を気にしている。
つまり、ここにアナルドが来て最高幹部に仕立て上げられているところに、軍が突入して制圧するという手筈になっているのかもしれない。
「やはり、貴方たちがアナルド様を最高幹部へと仕組んでいるということですか。なんとも杜撰というか、相手が悪いというか……他にアテはないのですか?」
クーデターが成功してほしいとは思わないが、最悪の人選だということは理解できる。
たぶん貴族派になりうる軍人で、それなりの地位にいる相手に狙いを定めたのであろうが。どう考えても悪手だ。
アナルドがおとなしく最高幹部に仕立て上げられる人物だとはどうしても思えない。
「お前と議論している暇はないと言っただろう。四の五の言わずについてきてもらうぞ」
がらりと雰囲気を変えて、ヴォルクが手を伸ばしてきた。
とっさにエミリオの体を盾にするが、髪を掴まれる。
痛みに顔を顰めるが、うめき声はこぼさないようにと歯を食いしばった。
だが、痛みに耐える姿は、ヴォルクの怒りに油を注いだらしい。
「お前は、少しくらい従順になるべきだ」
そんな女が好みなら、自分に絡んでいないでさっさと他所の女のところに行くべきだ。それで自分は一向に構わないのだから。
反論しようとしたが、それは叶わなかった。
彼は告げるなり、バイレッタの髪を思い切り引っ張った。そのままヴォルクへと引き寄せられる。
思わず痛みでエミリオを掴んでいた手を離してしまった。
そんな好機を見逃すはずもなく、鳩尾に強烈な一撃が加わる。
「うっ……」
「おい、ヴォルク! やりすぎだろう」
「ここまでしないと連れていけない。もう時間もないだろう、アイツらが来るぞ。見つかればこの女の命はない」
途切れる意識の向こうで、男たちの言い争う声を聞いたのだった。
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