第74話 夫とは無関係

「え、私の夫がクーデターの最高幹部、ですか?」


そんな馬鹿な。

そんな非効率で熱意も労力もいることを、あの冷血夫がするものか。

そもそもクーデターを起こすメリットを感じないだろう。そんな結論に達するくらいなら、モヴリスと共謀して軍部を乗っとるほうがずっと現実的だ。

見せしめのような爆発騒ぎなど起こさない。そもそも規模の大きな作戦は無駄だとか思っていそうだ。とにかく迅速さをもって敵を排除するだろう。わざわざ回りくどくあちこちを爆発する必要もなくさっさと主要な人物を制圧して軍を裏で操りそうだ。


「それは、随分と無理のある話ですね…」

「冷血狐だぞ。いろんな考えがあるのだろうさ。由緒正しい旧帝国貴族の血筋のくせに軍人の佐官になるような男だ」

「貴方たちは旦那様をよく知らないから、そんな的外れなことが言えるのです」


自分だって夫のことはよく知らないけれど。冷静で冷血で、冷めた態度ばかり見せるアナルドが、わりと軍が好きなことは傍にいればよくわかる。

バイレッタが軍人崩れに絡まれた時だって、随分と不快な様子だったのだから。

誇りがあるのだろう。

信念ともいうべきか。

それを汚すことなど、考えそうにもない。


「お前はすぐにそうやって俺たちを馬鹿にする」

「いえ、馬鹿にしているわけではなく真実を述べているだけです、ありえません」

「真実などどうでもいい。お前との縁談で随分と中佐は肩身の狭い思いをしただろうさ。上官命令で結婚した相手が毒婦だったのだから、それこそ反乱を企てるくらい憤ったはずだ。クーデターを起こす理由なんてちっぽけなもので十分だ」


それは祝勝会でヴォルクが口にした噂のことだろうか。

だとしたら、アナルドは特に気にしていなかったようだが、周囲からは何かを言われたのかもしれない。実際にジョアンがアナルドに忠告していた姿も見ている。


だがそれでクーデターを企てるほど短絡的な思考の持ち主ならば、バイレッタもこれほど苦労はしない。

口数が少ない上に、口を開けば言葉足らずで。何を考えているのかわからない上に、謎の思考回路を持つ夫だ。

唯一言えることは、合理性くらいだろうか。


「祝勝会が終わってからは随分と部下や上官に詰め寄られていたぞ。妻を一夜の相手に紹介しろとな。生憎とお前が領地に行ったせいで帝都の軍人たちには貸し出す機会はなかったようだが」


ヴォルクが肩を竦めれば、エミリオも大仰に頷いた。


「まぁ低能な軍人どもの相手をしなくて済んでよかっただろう。そもそも、これはお前の命を守るためでもある」

「それはどういうことですか」

「お前との結婚を嫌がってクーデターに巻き込んで妻を殺そうと計画する夫だぞ。そんな男との縁を切ってこうして匿っているのだから、感謝してほしいくらいだ」


話がややこしくて、頭がついていかない。

何が嘘で、どれが作戦なのだろう。

たぶん、クーデターの主犯はアナルドではない。

でも、彼は妻を殺そうと計画した?

いや、彼が自分を殺すつもりなら、そんな面倒なことを計画する必要はない。

それに、あんなに怒るほど心配もされないだろう。

懇々と彼に説教された事実を思い出して、バイレッタはなんだかむず痒くなる。


そう、彼は心配してくれたのだ。

忙しくてほとんど家に帰ってこない仕事人間の夫が、妻が怪我をしたと聞いてすっ飛んで帰ってくるほどには。


それは、とても。

嬉しい気がした。


だから、やはりアナルドは自分を殺そうとはしていないと確信が持てた。

つまり、それは嘘だ。

妻を殺したいためにアナルドがクーデターを差し向けたと思い込ませるための。


感謝しろと二人は言うが、それは自分を良いように取り込むための嘘なのだろう。

ここに自分がいてはいけない。

貴族派のつながりのある場所に夫が現れたら、きっとエミリオたちの計画どおりにアナルドがクーデターの最高幹部に祭り上げられてしまう。


「とにかく場所を移動する。時間がないんだ」

「ちょっと待ってください。縁を切ったとはどういうことですか」

「言葉のとおり、お前たちの婚姻は無効になっている。つまり無関係だな」

「無関係…?」


自分たちの賭けの期間は終ったけれど、正式に離婚届けを作成するまでは至っていない。まさか、アナルドが気をきかせて作成してくれたのか。

だが、自分は署名した覚えがない。自著のサインがないものなどそれこそ無効だ。

それとも偽造した?


そんなに切羽詰まって離婚してくれるのだったら、早々にしてくれればよかったのに!


内心で夫を罵倒しつつ、貴族派とアナルドのつながりは見えてこない。

むしろ、これが貴族派の計画の一部だろう。

エミリオは夫との縁を切ったと言った。アナルドが望んだことかはわらかないが、目の前の二人が関わっていることはわかる。

自分の婚姻関係がどう計画に影響しているのかはわからないが、とにかく彼らの言いなりになる理由はない。

そもそも、エミリオたちには初めから恨みしかない。感謝の気持ちなど微塵も湧いてこないのだから。


なんだか、先ほどまでは頭が働いておらず随分とぼんやりとしてしまった。

だが、はっと我に返ればライデウォール伯爵家も帝国貴族派だ。そんな敵だらけの場所で大人しくしていた自分の迂闊さを悔いた。

だが反省は後でもできる。

まずは状況を整理して、どう脱出を図るかが大事だ。


今のところ、自分を見張っているのは目の前の男たち二人だろう。

廊下に気配はなく、ライデウォール女伯爵は自分に興味がないようだ。

算段をつければ、いけるような気がした。


「証拠を見せてやるから、とりあえずついてこい」

「いやです、私は貴方たちに従うつもりはありません」


エミリオが不敵に微笑んだ横っ面を張り倒してやりたい衝動に駆られながら、バイレッタは二人を睨みつけた。


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