第73話 クーデターの最高幹部

「坊やたち、人の家で騒ぎ立てないでちょうだいな」


ばんと扉を開けて入ってきたのは、金色の巻き毛の豪奢な女だ。

見慣れた濃い化粧に、バイレッタは再度瞬きを繰り返した。驚きすぎて涙は一時的に止まったようだ。その点は彼女に感謝してもいい。


「廊下どころか屋敷中に怒鳴り声が響いてきていたわよ。突然上がり込んできて随分と好き勝手しているようだけれど、一体何事かしら…あら、こんばんは、バイレッタ=スワンガン夫人?」


カーラ=ライデウォールはブルネットの瞳を細めた。向けられた視線には、はっきりと敵意が込められている。


「ようこそ、ライデウォール伯爵家へ。といっても、ここは本邸ではなく別邸ですけれど。貴女がここにいるということは、アナルド様はどちらにいらしゃるの?」

「え、夫、ですか?」


ここに来たのはヴォルクに連れられてきたからだが、夫の指示だったのだろうか。では先程までの人質だのという話はどういうことだろう。


バイレッタは混乱した頭のまま、ヴォルクに視線を向けた。


「すぐにやってきますよ。ライデウォール女伯爵様。もてなしの準備は整っているのですか」

「勿論よ。アナルド様のお好きなお酒もお料理も用意したわ。どうせお嬢さんには彼を満足させられないでしょうから。大人のもてなしかたを教えてあげるわ」


バイレッタは24歳だ。

すっかり大人になったと自負していたが、彼女から見ればまだまだお嬢さんと呼ばれるらしい。違和感しか感じないが。


「彼が来たらすぐに呼んでちょうだいね。ではまた改めて後程お会いしましょう」


戦勝会では紫色の毒々しいドレスだったが、自宅でも緑色の目に痛いドレスだ。緑で目が痛いとは不思議なドレスだが、どうしても雰囲気が派手だ。そして変わらずに清々しいほどよく似合っている。


ドレスを翻して、また扉をばたんと閉めて出ていった。音をたてなければ気がすまないのだろうか。

鼻が痛くなるほどのどぎつい香水も変わらない。思わずバイレッタはむせた。彼女の姿はなく、残り香だが。


「あの女を黙らせておくんじゃなかったのか」

「できるものならとっくにやっている。大体、エミリオはいつも逃げ回っているだけだろう。相手をさせられる俺と代わってくれ」

「俺はああいう女は苦手なんだ、知ってるだろう」

「得意な男なんているのか? 彼女の取り巻きですら、最近は閉口しているという話だぞ」

「さっさと狐が来れば押し付けられるのだがな」

「全くだ」


同級生の男たち二人が忌々しげに頷きあっている。というか、悪友のくせに喧嘩したり意気投合したりと忙しいことこの上ない。

学院にいた時は、周囲と距離を置いていたせいで二人にもあまり近寄らなかったから、これほど気安い会話をしていたことも知らなかった。


「涙が止まったようだな。その腫れた目はいただけないが、時間もないから仕方がない。移動するぞ、ついてこい」

「なんだ、やはり移るのか。いつもの場所か?」

「ああ。お前は後から来いよ」


エミリオが短く命じれば、ヴォルクは渋々頷いた。

たまらずに、バイレッタは二人に尋ねる。

涙も収まって、無様な嗚咽も鳴りを潜めた今ならば、しっかりと問うことができる。


「あの、私は一体、何に巻き込まれているのでしょうか」

「ふん、お前は大人しくしていればいい。どうせ知ったところで何ができるわけでもない」


傲慢にいい放つエミリオは想定通りだが、いつまでも大人しくしているのも釈然としない。


「あら、こうしてつれ回されている時点である程度知ることはできますわよ。議会所属のグラアッチェ様と軍人のハワジャイン様の二人が揃って悪巧みとなると限られてきますものね」

「相変わらず察しがよくて素晴らしいことだが、俺たちが何を企んでいると思うんだ?」

「つまりクーデターの一部ということでしょう」


二人に向かって艶然と微笑んで見せれば、ヴォルクは顔をしかめて、エミリオはふんっと鼻を鳴らした。


「なぜ自分が巻き込まれているのかはよくわかりませんけれど」

「お前が巻き込まれているのは仕方ない。クーデターの主犯というか、最高幹部はお前の夫だからな」

「はい?」



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