閑話 呼吸が止まる音(アナルド視点)

「これで報告は以上かな」


モヴリスが周囲を見回して、軽く頷く。

口調は優しげだが、それが表面上であることはその場の全員が察しているだろう。


座っているモヴリスのやや後ろで立位のまま、会議を見ていたアナルドは彼の言葉を固唾を飲んで待つ面々を静かに睥睨した。


クーデター対策本部会議は、三十人ほどが入れるほどの広大なテーブルを並べて開かれている。

コの字に並ぶ机の、両左右にそれぞれ編成された大隊の主要人物が並ぶ。挟まれる形でモヴリスが席についているのだが、一瞥できる場所はなかなか壮観だ。

赤い絨毯が敷き詰められた会議室に、黒檀のテーブルが映えるが、そんな風景に心を慰められる者は誰一人としていないだろう。


「か、閣下…お言葉ですが、やつらもなかなかに素早く、手掛かりも乏しいとあっては…」

「ルミエル大佐、報告は以上かと聞いたんだよ。発言したからには、情報が他にあると見なしていいだろうね」

「はっ…申し訳ありません」


謝罪を口にした途端、モヴリスの右隣にいたトレドが声を立てずに笑う。

やはり、時間の無駄だったと思っているのだろう。


帝都で新たに爆発騒ぎが起きた場所と、死傷者の数の報告は先ほど見ていたものと同じだ。むしろ目撃情報の話が幾分か食い違っている。

犯人は八人ほどいたとの証言や、何人かは逃げたと聞いていたが、犯人は三人で全員爆死したことになっている。さてどの段階で情報が捻じ曲げられたのか。

それを精査しなければならないと思うとうんざりするが。


ふと視線を向ければ、末席の中佐の後ろに立って控えている男が目についた。

輝くサニーブロンドの長身の男は、髪色とは違って表情はひどく陰りを帯びている。猛禽類を思わせる鳶色の瞳は、なぜかアナルドに向けられていた。


ヴォルク=ハワジャイン。

妻の学院の同級生だ。

祝勝会でも言葉を交わしたが、熱視線を送られるほど何かをした覚えもない。

だがもの言いたげな視線は、どこか侮蔑を含んでいて気にかかる。


会議後にでも捕まえてみるか。

なんと声をかけるか算段を取っていると、荒々しく会議室の扉が開かれた。


「何事だ?!」

「申し訳ありません! 緊急ですので、お許しください!」


入ってきたのはジョアンだった。

顔がなぜか蒼褪めている。息も上がっている。ここまで急いできたことは明白だ。緊張を漲らせた彼の言う緊急の用件とは何かと、会議の面々も注視する。


「スワンガン伯爵家の玄関ホールが爆破されて、アナルド=スワンガン中佐の奥方が意識不明との一報が入りました」


アナルドは一瞬、言われた言葉が理解できなかった。

だが心はわかっていたのだろう。呼吸が止まる音を聞いた気がした。


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