閑話 カタ無しの冷血狐(アナルド視点)

「うわっ、怖っ。お前、仮にも上官だぞ。少しは敬えっての。軍規に反するって訴えて 軍法会議に送るぞ!」


上官命令で愛しい妻を貸し出すくらいならば、アナルドがクーデターに参加してしまいそうだ。

腹の中で沸々と湧き上がる不愉快を込めて、真剣に伝える。


「俺の妻を要求したこと、後悔させて差し上げましょう」

「うわ、マジだ…」

「トレド大佐、勘弁してやってください。こいつ、可愛い可愛い妻にメロメロなんですよ」

「そういや部下にすら紹介しなかったって? アイツら祝勝会で相当騒いでたぞ。ご尊顔だけでも近くで拝ませてくれってな」

「やめてください、減ります」


ジョアンがとりなしてくれたおかげで、トレドの表情にもからかいの笑みが浮かぶ。


「ぶはっ、何が減るっていうんだよ。こりゃダメだ。確かに相当参ってるな。冷血狐もカタ無しだ。そんなにハマるほどいい女なら、やっぱり是非ともお願いしたいな」

「人のモノに手を出すなら、それなりの覚悟をもつべきだよ? 特にそれが相手の大事なモノならね」

「さすがの俺も大将閣下には言われたくないでーす。しっかし閣下にまでバレてるほどの溺愛ぶりなのか」


トレドは未婚で軽い男だが、モヴリスほど手が早くはない。節操も分別もある。確かにモヴリスにだけは言われたくないだろう。


「君たちすっかりお遊びモードだな。襲撃の間隔は狭まってる。この場にいる誰が襲われても不思議はないんだから、少しは気を引き締めろ」


オズーン大佐の左隣にいたミランシュアル少将がやれやれとため息ついた。モヴリスの同期でもある優男だ。階級はやや低いが自由勝手に振る舞うモヴリスの手綱を握れる男でもある。


「彼らは優秀だよ?」

「それはわかっている。実際これだけ分析を進めたんだからな。だが、こちらも大分絞り込めたんだ。時間がかかっている分、あちらも最後の仕上げにかかってもよさそうだろ」

「ミランシュアル少将、脅さないでくださいよ…心配で家に帰りたくなってきた」

「そろそろ会議の時間だ。続きはそれが終わってからだな」


あっさり放置されたジョアンが悲しげに両手で顔を覆う。

確かに、誰が襲われても不思議はない。自分ならばそれなりに覚悟もあるし対応もできるだろう。だが、それが家族に及ぶとなると話は別だ。


「資料はこちらに用意してありますので」

「ありがとう、トライデン君」

「はっ」


トライデンはアナルドと同じく中佐だ。モヴリス旗下のため、昔からの顔馴染みでもある。

モヴリスが渡された資料を確認しながら、ふっと笑う。

手渡された資料は、会議に必要なものだろうが、内容はひどく薄いだろうことは察しがついた。


「その会議こそ無駄じゃないですか。何がクーデター対策会議なんだか。裏切り者も含めて集めたってろくな報告が上がりませんよ」

「敵を欺くにはまず味方からってね。だいたい、君たちの下だって怪しいものだろ。まぁこうやって成果が出ているから君たちの手腕は信じているけれど」

「さすがは悪魔な閣下ですね。では応援しておりますので行ってらっしゃいませ」

「何いってるの、君もいくに決まってるだろ。逃げるなんて許さないからな」

「えー、ちょっとは息抜きさせてくださいよ。ローライちゃんと約束があるんですけど」

「がはは、トレド大佐、諦めろ! 閣下も遊びたいのを我慢しておられるんだ」

「そうだ、そうだ!一人だけ抜け駆けしようだなんて許せるわけないだろ。それに会議後の方が楽しめるんだよね」

「貴方はまた会議室で事に及ぶつもりか…少しは落ち着け」

「閣下が落ち着くのは難しいでしょうねぇ」

「ナミライ大佐の言うとおりですよ。落ち着いた閣下なんて閣下じゃない。というわけで俺を家に帰してください」

「どさくさに紛れて帰ろうとするな、ガクレマス中佐。会議は閣下と私とトレド大佐とスワンガン中佐で参加する。それ以外の者は作業を続けるように。それでよろしいか」


ミランシュアルの提案にモヴリスはにこりと笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。では帝国軍旗の元に出陣しようか」

「ヤー・ゲイバッセ!」


胸に右手拳を当てた敬礼とともに、狭い部屋に男たちの規律のとれた返事が重なる。

意味は忠誠をとか栄光をとかに近い。挨拶になっているので、あまり深く意味は考えないが。


びしりと揃った動きに、モヴリスが満足げに頷いて部屋を出る。それに続きながら、家に帰れるのはまだまだ先になりそうだと内心でため息つくのだった。

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