閑話 妻の大事な家令(アナルド視点)

慌てて家に戻れば、玄関ホールの惨状に眉を顰めてしまう。数日前の面影は少しもなかった。同じ場所かと疑いたくなるほどだ。

いつもは出迎えてくれる家令のドノバンの姿は見えず、何人かのメイドたちが途方に暮れたように立ちすくんでいた。


その中で一人、慣れたように状況を検分している男にアナルドは声をかけた。

戦争では見慣れた風景と言えなくもない。昔取った杵柄だろうが、衰えてはいないようだ。黙々と作業をしている男の背中を見つめる。


「ただいま戻りました」

「遅いぞ!」

「これでも随分と急いだのですが」

「無駄口を叩くな。どこまで状況を把握している?」

「我が家の玄関ホールが爆破されてバイレッタが意識不明だ、と」


息子に対しても変わらない横暴ぶりにメイドたちはわずかに慄いているが、アナルドは淡々と答えるだけだ。

父はそうかと小さく頷くと、不機嫌そうな顔から一転、面白そうに顔を歪めた。

嫌な予感しかしない。


「あの小娘の工場の使いで伝言を預かったとやってきたらしい。その男が突然自爆した。薬品系の爆弾に火薬が混ざっている。こういうことはお前の方が詳しいだろうが」

「そうですね、今起きているクーデターの一部でしょう。ほとんど暴徒と化しています。使用された爆弾も同じように思います」


薬品系の爆弾の場合、厄介なのは閃光と熱だ。

そこに火薬を混ぜた特殊な爆弾は帝国内でよく使用されている爆弾でもある。

南方戦線でもよく見られた。

爆弾の管理は軍でも真っ先に確認された。横流しはできないので、未確認の爆弾が使われているのか新たに製造したものなのかは不明だ。

だが製造していたとすると場所と資金が必要だ。


先ほどまで金の流れを追っていたが軍の資金に不信な点はなかった。貴族派連中もざっと調べたが、気になるところはなかった。

つまり未把握分の爆弾が存在するということになる。

南方戦線の物資を誰かが密かに横領していたのだ。このクーデターがいつから計画されていたのか沈黙が落ちたほどだった。


「真っ先に気づいた小娘はドノバンを抱えて柱の影に跳んだらしい。ほら、そこの柱の影だ。爆発音がして、玄関に向かってみれば、半壊した玄関の柱の隅で男女がもつれ合って転がってるんだ。まあ驚いたな。それも小娘と家令だ。何があったと近づいてみれば、小娘がドノバンの上に覆いかぶさっていてな。大変だったんだぞ、意識のない小娘はしっかりドノバンにくっついていて、離れようともしない。あいつが先に気が付いて、ひとまず小娘を自室に運んだがそれでも服を握り締めていてな。よほど家令が大事らしい。二人がかりでようやく引きはがして寝かせたんだ」

「そうですか」

「あの二人はお前が戻ってくる前から妙に馬が合っていたな。よくあいつも若奥様、若奥様とうるさいくらいで。何かあれば小娘もドノバンに相談していたくらいだ。随分と親密な関係だったから、放っておけなかったんだろうなあ。なんせ身を挺してまで庇って気を失っても離れないほどだ」


バイレッタが屋敷に来て早々に家令と仲が良くなったのは、義父が飲んだくれていて使い物にならなかったからだが、そんなことをワイナルドは微塵も明かさない。

アナルドもなんとなく父の思惑はわかるものの、にやにやと不快な笑みを向けて息子をからかっている男の言葉に苛立ちが募る。


「それで、妻の容態は?」

「なんだ、つまらん。もう少しドノバンや小娘に憤るかと思えば。今、医者が見ているところだから、容態はそっちに聞け」

「わかりました」


ドノバンとバイレッタには情報を把握してからきっちりと落とし前をつけてやる。

もちろん、放置するつもりはない。

だが、それを父に明かすつもりは微塵もないだけだ。


アナルドは玄関ホールから二階へと続く階段を無言で駆け上がるのだった。



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