閑話 ストロベリー・ブロンド(エミリオ視点)
「あ…はっ、旦那様ぁ…っ」
女の背中で揺れる金赤の髪を眺めながら、彼女の髪の色はもっとずっと薄いのだなと腰を動かしながらエミリオは瞳を細めた。
記憶の中の彼女の髪はもう少しはっきりした髪色だった気がしたが、それは彼女の印象が強すぎたからだろうか。それとも思い出が強烈だからだろうか。
入学式の時に学院中の男を一瞬で虜にした美貌の少女は、卒業前に起こした刃傷事件からほとんど学院に来なくなった。こんな筈ではなかったのに、いつも思い描くように動かない彼女に、憎悪に近い感情を抱く。
もっとすがってくるなら、助けてあげた。
もっと愚かなら、すぐに手を差しのべた。
もっと鈍かったなら、囲って大事にしてやった。
自分には決められた婚約者がいたし、派閥の異なる娘を娶ることなど不可能だった。貴族派の侯爵家の嫡男など自由はない。けれど、愛人としてなら傍に置けたのに。
なのに、彼女は強くて賢くて鋭かった。
だから、結局、自分の物にはならなかった。
あの頃も、そして今日も。
今日見た彼女は思い出の中よりもずっと女らしくなっていた。艶やかなストロベリー・ブロンドは記憶の中よりも淡い色で優しげな雰囲気を持っていた。甘そうで柔らかそうで。
彼女の夫が戦争から帰ってくる前にも会ったが、それよりもずっと美しかった。
いつも何かと闘っていて、足掻いている。けれどけっして折れないアメジストの瞳の輝きはそのままに。
色気が増したような気がした。もともと綺麗な顔立ちをした女だったが、匂いたつような、そんな表現が似合う艶があった。
社交会では叔父とただならぬ関係にあると言われ、夫の居ぬ間に義父に囲われていると囁かれていたけれど。そんな時よりもずっと淫靡な姿に、思わず震えた。
噂では冷徹と言われる夫をもたらし込んだらしい。
仲睦まじい様子をあちこちで聞いた。街を一緒に歩いていた。レストランで妻が食事をしている間は離れた場所でコーヒーを飲んで待っていた。祝勝会では寄り添って楽しげに会話をしていた。一緒に仲良く領地を視察した…などなどだ。
その度に何かを叩き壊したい衝動に駆られた。
「最後の機会だったのだ…っ」
ぎりりと奥歯を噛み締めて腰を何度もぶつける。自分の下で喘ぐ妻の声をどこか遠くで聞きながら、エミリオは心の内で独白する。
親切のつもりだった。
泣きついて金の工面など出来ないと言えば、直ぐにエミリオが肩代わりする手筈だった。そうして、しばらくは侯爵家の別邸で囲う計画だった。
その間に、上司が場を整えて終わらせてくれた。自分はバイレッタと別邸に引きこもっているだけでいい。
楽な仕事だった。
それなのに、あっさりと覆された。
彼女自身の手によって。
ならば、もう計画を止めることはできない。
穏便な作戦は彼女が叩き壊してしまったのだから、自業自得だ。
過激で命が危ない方に舵は切られてしまった。
仕方がない。
決めたのはバイレッタ自身なのだから。
どこまでも腹立たしい女だ。
気に食わないし、目につく。
そして、どこまでも自分を捕える女。
こけにされたのに。親切を徒で返されたような気分がするのに。
どうしても諦められない。
だから、最後に。
微かに祈りを込めて。
一度だけでも、もしもを思わずにはいられない。
彼女が自分を頼ってくれたのならきっと―――。
今夜のことで彼女も思い知るだろう。
近くて遠い同じ夜空の下で震えているだろう女を思ってエミリオは愉悦の笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます