第65話 可愛い義妹の優秀な婚約者

「レット、例のものを持ってきていただけます?」

「かしこまりました」


レットが応接室の横にある書棚から取り出した封書を、バイレッタは目の前の机に並べ立てた。朝に自宅から持ってきてひそかにしまっておいたものだ。


「以前、貴方からお見せいただいた区画図をお持ちでいらっしゃいますか?」

「持ってきているわけないだろう。あれは皇室管理のものだ。あの日だけは特別に許可を与えられたものだから見せられたのだぞ」


ですよね、知ってます。というか、わかってました。

昔の区画地図なんて皇室というか行政府管理だ。

彼がいるのは立法府だから、管轄外となるのは承知している。

なぜそんな管轄外の区画図なんて持ち出してきたのかは謎だが、普段扱わないものだから彼も無知なのかもしれない。

これは好機だ。


「ではこちらをご確認ください。これが、貴方が以前私たちに見せてくださった区画図です」

「な、なぜこれがここにっ?!」

「この右端の帝国印の横に小さく日付がありますでしょう。だいたい今から300年ほど前の話です。こちらが同じ場所の別の区画図で、日付は今から100年ほど前のものですわ。貴方にご指摘いただいた場所はセンバーズ伯爵家の所有地になっているでしょう。こちらは当時の報奨記録ですが、ここがセンバーズ伯爵家に報奨として与えられたとの記載があります。センバーズ伯爵家はその後没落し、今では家名は残っておりませんが、ナイトラン伯爵家の縁ある方々で、この土地は最終的にはナイトラン伯爵家筋の持ち物になりました。今の区画図はこうです」


現在の区画図を示せば、ハイレイン商会裁縫工場ときちんと明記されている。


「行政府が管理しているものだぞ、こうも次々と出せるものか」

「では実際にご自身でお調べください。こちらの書類は写しとなっているので、原本はまだ行政府のほうにありますから、問い合わせされてはいかがかしら? 時間はありますもの、ゆっくり確認されるほうがよろしいでしょうね。レット、お客様のお帰りです、お見送りしてさしあげて」

「かしこまりました」

「本当に可愛げがない! 素直に降参しておけばいいものを、あとで泣きついてきても知らないからなっ」


足音荒く出ていくエミリオを見送って、深々とため息をつく。

目の前の資料は、とある筋で借り受けたものなのでエミリオが腹立ち紛れに破いたりしなくてよかったと胸を撫で下ろした。さすがに価値は理解していたようで安心した。


持つべきものは可愛い義妹の優秀な婚約者だ。彼が行政府に入ったことも大きい。行政府は区画図を原本と閲覧できる写しを用意していたこともありがたい。これは彼の名前で借りてもらったもので、基本的には行政府の中でも特別な委任者にだけ与えられた特権とのことだ。

報酬はミレイナにできる男だと売り込んで誉めてもらいたいとのことだったので、早速時間を設けなければと計画する。

微笑ましい恋人たちの様子に胸がほんわりと温かくなりながら、エミリオの捨て台詞を反芻した。


やはり立法府というか貴族派が仕掛けていることに巻き込まれている気がした。あまりあっさりと返り打ちにするのもよくない。

きっと今回は女だから甘く見られたのだ。まさか行政府につてがあって看破されるとは考えなかったのだろう。だからこそ、杜撰な話を持ってきた気がする。

つまりバイレッタを困らせて、頼らせて手中に収めたかったということか。彼が選ばれた時点で自分にとって頼る可能性はゼロになったが、計画を立てた者は学院の同級生という繋がりに目をつけたのかもしれない。


何を企んでいるのかは知らないが、自分とは関係ないところでやってほしいと切に願うのだった。

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