第62話 アクの強い虫

「直接はありません。ただ軍の士官用のシャツを卸しに行った際には、しばらくは連絡が途切れがちになる、と言われました。街中の噂ではクーデターを起こしたのは南部戦線に従軍した退役軍人たちのようです。処分不服を訴えて帝都のあちこちで暴動を起こしているとか…それを救済をしているのがカリゼイン=ギーレル議長殿という話ですが…」

「なんで立法府の長が資金を止めてる原因のくせに、救済活動に走るのかしら?」

「軍に力はつけたくないけれど、大きく暴れられるのは困るからではありませんか?」


秘書であるレットは対外的な所用をまとめてくれている。

そのため、発注元にもよく顔を出してはいろいろと注文を取ってくる。

秘書兼敏腕営業マンでもある。

そんな彼が淡々と説明する内容に、バイレッタははあっと重い息を吐いた。


ガイハンダー帝国は周辺国を統合して国としているが、帝国の母体となった貴族が集まる帝国貴族派と平民や周辺の属国の要人が集まる軍人派の2大派閥がある。帝国貴族は事務官が多く内政を仕切り行政府と立法府に多く在籍し、軍人派はその名のとおり帝国軍に所属している軍人で占められているので外交を仕切ってきた。

だが戦争や内紛を治める軍の予算の決定権は立法府にあるため、帝国貴族のほうが立場は上だ。ただし歴代の皇帝が戦好きのため軍人に融通が利くように采配しているという背景もあり皇帝の意見に左右される行政府も軍人派寄のため、それなりの権力を有する。そのため両者は拮抗しているともいえる。そもそも軍のトップは皇帝だ。皇帝の考えに大っぴらに逆らえるはずもない。

内乱や紛争が起これば直ぐに軍が動いて制圧するが、あまり予算を軍に割かないのはこれ以上力を与えたくないからだ。つまり軍人派が起こす内乱を恐れているともいえる。


そのため南部戦線も勝ったはいいが、力をつけさせたくない帝国貴族派の立法府の官僚たちは処理を誤った。退役軍人に報奨金が支払われなかったのだ。

それを立法府はのらりくらりと言い訳を並べ立てて拒否しているらしい。予算がないとか、相手国からの賠償金の支払いが遅れているなどだ。

だが彼らが資金の支払いを渋るのはそもそも八年続いた戦争に軍人派があまり疲弊しなかったことが大きな問題だった。中心人物たちは戦争に勝利したにもかかわらず昇進しなかったのは、ポストに空きがないから。つまり、死んだりしなかったことを指す。

そうこうしている間に退役軍人たちの不満が溜まり、クーデターに発展した。

その矛先は軍幹部だ。貴族派の思惑をひしひしと感じるが、うまく操られているのが現状だろう。


スワンガン伯爵家は旧帝国の貴族だ。領地持ちはたいてい帝国の母体となった国の貴族たちだ。つまり本来は帝国貴族派になる。それが軍人をしているというのはとても珍しいことである。ワイナルドも退役軍人であるので、家系が好戦的なのかもしれないが。

昔は軍の中に派遣された貴族派を疑ったが、獅子身中の虫というには、あまりにアクが強い。

誰があの夫を思い通りに操作できるというのだろう。すぐに顔に出る直情型の義父も向いていない。だがスパイにはならないのだろうが、帝国貴族派と対立しているのは、あまり領地持ちの爵位ある者がすべきではない。アナルドはわかっていて頓着しなさそうではある。そこが心配だったが、バイレッタが案じても仕方がない。


ちなみにバイレッタの実家もドレスラン大将閣下の家も帝国に下った貴族の家名を組んでいる。そのため実家の地位はわりと低い。バイレッタの兄は事務官になっているが、地方官僚だ。嫁と子供と田舎で暮らしのんびりと働いている。


「帝都ではあちこちで爆発騒ぎも起きています。工場長の旦那さんは大丈夫なんですか?」

「残念ながら無事でいるようよ」


家にはほとんど帰ってこない。軍の方で何かをしているのだろうが、とにかく話をする機会はないので仕入れた情報から分析するしかない。

今のところ訃報は聞かないので、生きているとは思われる。


賭けがなくとも夫が亡くなれば離婚せずに自由を謳歌できるとも思えるが、もやっとした気持ちにもなった。

やはり、彼が生きていて正式に賭けに勝って、正々堂々離婚するのが素敵だ。


「笑えない冗談ですよ…仲がいいって噂を聞きましたけど? この前の祝勝会で随分とお可愛らしい様子だったとか」


にやにやとした笑いを隠そうともせずにレスガラナがからかう。

完全に面白がっている。

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