第5章 いづれも

第61話 帝都の日常

スワンガン領地から戻ってきた次の日には、バイレッタは帝都にある自身の裁縫工場の工場長室にいた。


朝から溜まっていた報告書の山を捌いていると、大柄な赤毛の女性が顔を出した。補佐をしてくれるレスガラナだ。大きな布地の束を抱えながら乱暴に扉を開けて入ってくる。

後ろにはレットもついていて、台車にのせた布地の山を押している。

レスガラナは副工場長で、レットは秘書になる。ここでは、自分でできる仕事は役職付きだろうが動くというのが鉄則だ。

もちろん工場長たるバイレッタ自身も、だ。


「工場長、こちらの生地見本はどちらに運びましょうか」

「え、ああ。それはこっちの空いてるところに広げておいて」

「わっかりました!」


十人ほどが打ち合わせできる広い机にせっせと見本を並べる二人にバイレッタは近づいた。


「こちらはミルグからの紹介ですよ、こっちの山はデタナートで、こちらはサイルスです」

「次から次へと布を送り込んでくるわね」

「この前、軍に採用された外套の布が反響を呼んだんでしょうね。あれは本当にいいものを見つけましたから」


布の卸売りをしている大手の商人たちでは欲しい商品がなかったため、地方に目を向けた。その土地ならではの気候や特産品から作られる布を軍の外套用に仕立てたのだが、それが爆当たりしたのだ。


軍人たちは演習するし、国境を守るために各地に派遣される。もちろん、行軍もある。歩兵や工作員なら1日中重たい重火器を背負って走り回っている。南部は、まだ暖かいが帝都に戻ってくればそれなりの寒さになる。

また雨が降ると重さが増すため、水を染み込みにくい材質でそれなりに丈夫で暖かい外套が好まれたが、既存のものは水を吸って重くなり、含んだ水のせいで寒くなる。

その要望に完璧に答えたのが、北部のヤハウェルバ皇国で使われていた布だった。なんと、生き物の革をなめしたものだった。生き物によっては水を防ぐ性質がありその革を使って外套を作成した。裁縫することが難しいのを特殊な針を使って糸も厳選した。もちろん縫い手も工場随一の針子たちに頼んだ。

力があって腕のある彼女たちはほぼ不眠不休で仕立ててくれたのは今となってはいい思い出だ。

おかげで、評判を聞き付けた帝都の布問屋たちが、新しい布を見つければ見本を送ってくるようになった。


バイレッタが工場を帝都の中でつくるといったときには見向きもしなかった連中だ。そもそも既製品が売れるものかと馬鹿にされ、服は手作りの一点ものがありがたがられる。同じ形の服を大量に量産して売れるものかと言われた。それが簡単に手のひらを返された形だ。売れるならなんでもいいのだろうが、なんとも節操のないことだと苦笑を禁じるのは難しい。


「依頼は次から次へとあるのだから、頑張りましょうね」

「半月もいなくなっていたのは工場長ですけどね…」

「だから、それは謝罪したしこうして働いてるじゃない。それにスワンガン領地から手紙も何通も出したわよ」

「それはわかっていますが、やはり実際に見てもらうほうが話は早いですよ」

「はい、反省しております。だから、仕事をしましょう?」

「まったく…ですが、仕事が立て込んでいるのは本当ですし、今日は勘弁してあげます」

「そのまま永遠に仕事が忙しいことを祈るわ」


バイレッタがやれやれと肩を竦めれば、レスガラナは豪快な笑いをあげた。


帝都での日常が戻ってきたように思えて、思わず微笑んでしまう。

だがすぐに笑顔は引っ込む。


「軍でクーデターが起きたと聞いたのだけれど、話は聞いている?」

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