第60話 縋らない女は可愛くない?

こくりと一口酒を含んで、そのまま飲み込む。

その様子を観察していたゲイルが、なんとも困ったような顔をしながら口を開いた。


「貴女はとても強い人だ。そして賢い。きっと頼ることを良しとはしないでしょう。けれど、縋られることも男にとっては喜びなんです」

「縋らない女は可愛くない、とおっしゃられる?」


わざと挑発してみる。我ながら可愛くない台詞だが、ゲイルがそんな言葉で容易く怒る男でないのはわかっていた。

実際、彼は苦笑じみた笑みを浮かべただけだ。まるですべてわかっているとでも言いたげな表情に、内心でほぞを噛む。

自分の周りには頭のいい男が多すぎる。

叔父しかり、アナルドしかり。そして彼も。


「縋らない貴女は美しいですよ、見惚れるほどです。凛としていて横に並ぶだけで身が引き締まる。光栄というのはこういうことなのだと実感しました」

「あの…褒められ慣れていないので…もう許してください」


居たたまれなくて逃げ出したい。

異性に口説かれたことは初めてではないが、たいていは見下されることが多く張り合うようにやり返していた。もともとが負けず嫌いで跳ね返りだ。

売られた喧嘩を買うのは当然だとも思っている。

だからこそ手放しの賞賛には弱い。

とくにゲイルが本気で言っているとわかっているので。

彼の目はどこまでも優しく愛情に溢れている。打算も駆け引きもない純粋な好意を向けられるのは居心地が悪い。

自分はそんなに価値ある人物ではないと叫びたくなる。理想を見ているのでは、と否定したい。告げたところで、言い返されるのがオチだろうが。


「褒められるのが苦手なところは大層お可愛らしいと思いますよ」

「ゲイル様はイヤな方ですわ」

「おや、それは初めて言われました。貴女に善い人だと言われるよりはマシですが。取るに足らない存在だと言われている気分になる」

「ううん、なら善い人だと言いたいですわね」


でも言えない。バイレッタが恥ずかしがって悶えている姿を楽しみつつ虐めてくるゲイルは心底、イヤな人だ。


「こういうと貴女は怒るかもしれませんが…私は、そういう貴女の弱さも知っています。だからこそ縋って欲しいというお願いです」


バイレッタは息を吐いて、揺るぎのない騎士を見つめた。

これまで生きてきて、自分を甘やかしてくれた男がいただろうか。

要求され懸命に応えて生きてきた。

だからこそ、今の結果がある。成長させてくれる者、試練を与える者、見守ってくれる者、頼ってくれる者。自分の周りにいた男たちを思い浮かべてみた。


彼は甘やかしてくれる者なのだろう。


そして、昨晩の夫を思い出した。

無表情で自分勝手で意地悪で、何を考えているのかわからない男を。

妻を無料の娼婦のように扱い、好きな時に好きなだけ抱くくせに、時折優しさを見せたりする。周囲に見せつけるようなパフォーマンスかと思えば、誰も見ていないところでも演じているように振舞う夫を。


『どうやら休暇は終りのようです。しばらくは会えないでしょう。賭けの結果を楽しみにしていますよ』


バイレッタの薄い腹の上に直接口づけながら、美貌の夫は嫣然と微笑んだ。


散々貪られた後、最後の最後で重要なことを口にする男を、意識が落ちる瞬間でなかったら殴りつけていただろう。それほどに腹が立った。

あの時生まれた熱はまだ腹の底にたまって沸々としている。

翌朝、寝室の寝台の上に一人で目が覚めて、夢じゃなかったことを確認して、バイレッタは決意したのだ。

あの男には負けたくないのだと。


「ありがとうございます、ゲイル様。もしもの時はよろしくお願いいたしますわ」


賢い彼にはもちろん、社交辞令だと伝わっただろうけれど。

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