第58話 ハイレイン商会の裏の会頭
「新たな温泉地を作るのは、さらに負担になるのでは? 工事費用が嵩むのもいかがなものか。作った途端に水質が問題で壊されては追いつかないでしょう。対策がありませんよね」
テランザム町長が、苦しげに言葉をはく。
なるほど、責めるとしたらその点になるだろう。
だが予想通りだ。
バイレッタはにこやかに、自信たっぷりに微笑んだ。
ここが正念場だ。
「まず温泉場ですが、簡単な建物なので、それほどの費用はかかりません。試算額は次の頁に記載されている通りです。運営3年目ですべての資金が回収できる予定です。そこからは利益が十分に見込めます。そして水質の問題ですが、すでに手配済です」
「水質を?」
「どうやって?」
「デーファです」
「デーファだって?」
多孔質の石を皆、頭に思い浮かべているのだろう。昔の建築なら多量に使われているので、帝都にある美術館や歌劇場を思い浮かべているのかもしれない。身近なところでいうと、この迎賓館も初期の部分はデーファを使用している。別館は作り替えられているので、違う建材になっているが。
一見わからないが土台はデーファだった。
頑丈で燃えにくいというのが大きな利点だろう。
「あんなものをどうするのです?」
「鉱泉はデーファを加えると真水になるのですよ。ですから、貯留地を設けてデーファの粉末を加えます。その後河川に戻してゆっくりと下流の貯留地に集め、水質を確認して再度川へと戻します」
「なんだと?」
「そうすることで、下流域の生態系も戻りますので魚も戻ってきますよ。もちろん、堤防の摩耗も減らすことができます」
ナヤルバの説明に、ぽかんと口を開いた男たちの顔が見ものだった。まるで魔法のようだと思ったのだろう。
温泉水を流している河川は生態系に悪影響を与える。悪臭とは言わないが、温泉特有の匂いもきついため、周辺に人は住めない。だが、水質を改善すれば人の住める場所も広がるのだ。
「これをテランザムの町にも実施したいと考えております」
「この町にもですか!」
テランザム町長の顔が輝いた。その横で、しきりに商人の代表者が呻いている。
「ううむ、なるほど。南部のデーファをハイレイン商会が買い漁っていると聞きました。何か大規模な建築をするつもりかと思いましたが、大きさにはこだわらないとの指定があるそうで不思議に思っていたところです」
「あら、今からでも遅くはありませんわよ? お値段次第ではこちらで買い取らせていただきますから」
「はあ、では検討させていただきますよ。いやはや、さすがはハイレイン商会の裏の会頭ですね」
「はい?」
なんとおっしゃいました?
ハイレイン商会の会頭は叔父であり、彼以外には有り得ないのだが。
おかしな名称が聞こえた。
「おや、ご存知ありませんでしたか? バイレッタ様は商人たちの間では大層有名で、裏の会頭と呼ばれているのですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます