第57話 唯一の温泉町
「今後の工事計画は以上になります」
午後の会議が始まった。最初は工事計画の説明だ。以前にも使ったが、領内の地図を持ってきて、位置を確認する。
「既に工事が終わっているところも、また計画されているのはどういうことです?」
テランザム町長が、説明を聞いて疑問を述べる。
「それは補修が必要だからです」
「補修といってもこの前作ったところでは。もう修繕しなければならないほど脆いのですか?」
「川の成分に高濃度の温泉が混じっていたため、堤のいくつかに亀裂が見つかったのです」
「なんだって?」
「膨大な費用をかけてもあまり保てないということか?!」
即座に温泉組合長から悲鳴じみた雄叫びが上がった。確かに予算を見れば批難したくなるのも頷ける。
「耐久年数は確か20年だと最初に説明していませんでしたか?」
「それは鉱泉が大量に混じる前の話です。数年前に起こった地震で地殻が変動したため、湯湧場所が動いたのです。午前にも説明しましたが、かなり下流まで高濃度に流れていますね」
ナヤルバの説明に三人が絶句する。
てっきり湯が流れ込んでいるだけだと思ったのだろう。
「そんな馬鹿げた事業がありますか、領主様は今一度計画の見直しが必要では?」
商人が呆れたように義父を見やれば、彼もむっつりとしている。
全く数字を追うならば、別のところに視点を向けて欲しい。そもそも人の命をなんだと思っているのか。利益を追及することと領民の命を守ることは別の話だ。確かに利益を出さなければ守れる命も守れなくなるが、利益を重視して命を危険さらす行為はすべきではない。
だが、彼らを納得させるためには利益を生み出さなければならない。損失を抑えているという数字はたいして重要ではないらしい。
バイレッタもすでに経営者だ。会社を回すために利益の追及は当然だと分かっているが、働いている従業員も人間なのだ。効率よく働いてもらえるように配慮するだけで損失を減らし利益が向上することを知っている。
手元の資料を掲げて、一息で説明する。
「ここまで拡げた事業を中断するほうが損失が大きくなります。こちらが、これから10年後までの工事費用の累計です。災害が起きた場合の損失額ですが、上段が事業を進めた結果で下段が事業を行わなかった結果を踏まえ算出しました。工事費用が微々たるものだとお分かりいただけます?」
「いや、災害を想定したといったって、こんな数が起こるとは限らないでしょう」
「もちろんですわ。ですから、例年の災害状況の平均を取らせていただきました。過去20年間の領地内の水害の被害総額の平均をとって算出しております」
決して水増しした数字ではない。水害というのはそれだけ被害も出るし、損失額が莫大なのだ。
言葉を切って一堂を見回す。
「また今回新たに湯湧地となった場所を領民に解放致します。こちらは安全に入れるための施設とそこへ至るまでの道を整備する予定ですから入湯税も安く設定しまして集客率をあげます」
テランザムの町は王公貴族たちのための保養地になっている。なにもかもが、貴族料金なのだ。そのため、一回単価は高額だが、回転が悪い。それはそれで運営してもらい、庶民が楽しんでいる温泉施設を別に作り上げる。一回単価は少額だが、集客次第では金塊に変わる。
「は?」
「それはつまり、ケニアンの町に温泉場ができるということですか?」
「客層が全く異なりますから、こちらには影響はありません。ただ工事費用を少しでも抑えるための策の一つです」
「それはもちろん、私どもも噛ませていただけると考えてよろしいか?」
さすがは商人の代表者だ。利益が見込めるといち早く察したに違いない。
不安げな顔をしているのは温泉宿の代表者とテランザムの町長だろう。
客層が被らないと言っても、これまで唯一の温泉町を謳っていただけに唯一と言えなくなってしまうのだから。
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