第56話 意識を失っていてよかった?

新たな問題は再度調査をして対策をたてることになり、一端、会議は休憩を挟むことになった。

昼食の時間でもあるので、食堂へと移動する。


先に義父に伴って町長や組合長、商人たちが出て行ったので、バイレッタは盛大なため息をついた。

横にいたゲイルが覗うように視線を向けてくる。


「お疲れ様です、バイレッタ嬢」

「まさか工事関係者だけでなく商人とも揉め事を起こしていただなんて…」

「私も現場の総監督として目が行き届かずすみません」

「いえ、ゲイル様はよく見てくださっています。報告書も細かいですし、現場の進行状況がよくわかります。ラスナーは聞いていました?」

「いえ、私も初耳ですな。戻ったらすぐに確認しましょう」


今すぐにでも戻りたそうなラスナーの様子に、思わずバイレッタは苦笑する。


「ナヤルバ博士もありがとうございました。午後からも引き続きよろしくお願いしますね」

「こういう席はなんとも肩が凝りますねぇ」

「ふふ、頑張っていただけて光栄です。食事は気楽にとっていただいて構いませんので。テーブルは義父たちとは別にしてありますから」

「それは有り難い! さっそくお腹が減りました」

「タダムさんにも声をかけてありますから、お二人でゆったりと食事なさってくださいね」


部屋から出ていくナヤルバの背中に向かって声をかけたが、伝わっただろうか。

ラスナーが、顔を顰めて後を追う。


「あの学者先生を放っておくといらない騒ぎを起こしますから、私が見てきましょう」

「よろしくお願いね」


結局、部屋にはゲイルと二人で残されてしまった。


「私たちも行きましょうか。ゲイル様もお腹すきませんか?」

「あの、バイレッタ嬢…昨日は大丈夫でしたか?」

「はい? 昨日、ですか…」


ゲイルはひどく言いにくそうにしているが、心配げな表情でバイレッタの様子を窺っている。


「ええと、何かありました?」

「昨日、湯あたりして意識のない貴女を運んでいるアナルド様と出会いまして…」


瞬時にバイレッタは理解した。

理解した途端に、昨日の夕方の出来事が思い起こされた。

アナルドは長い間、妻の体を好き勝手に組み敷いた。それこそ湯に入る前から入っている間も、だ。その途中で意識を失ってしまった。


賭けにどうして回数を設けなかったのかと悔やまれるばかりだ。

だが朝には領主館の与えられた部屋で寝間着をきっちりと着込んで寝ていた。体もすっきりしていて温泉効果を実感したほどではある。

隣で寝ていたアナルドに確認はしなかったが、運んでくれて寝間着も着せてくれたのだとわかった。だが誰のせいで意識を失う羽目になったのか苛立って一言も会話をせずに朝の支度をして朝食を食べに出た。

それから会議の準備をしたりと動き回っていたので、アナルドの姿を見ていない。


だが運ばれている途中で、ゲイルに会っていたとは。

赤面してしまったバイレッタに、ゲイルは目を細めた。


「お見苦しい姿をお見せしまして申し訳ありません」

「いえ、貴女の体調が戻ったのならよいのです。昨日は貧血を起こされたのか、蒼白い顔をなさっていたので心配になりまして」


ゲイルもアナルドもあまり仲が良い雰囲気ではない。抱えられていた自分は二人に挟まれた形になっていただろう。意識を失っていてよかったというべきか、それとも二人の会話を止めるべきだっただろうか。


だが彼の表情を見ていても不穏な空気はない。

ただひたすらに心配されているだけのようだ。アナルドは不必要な喧嘩を売る人間ではないし、ゲイルは人当りがいい穏やかな性格だ。

大丈夫だろう、と胸を撫でおろす。


それが大きな間違いだったとバイレッタは知る由もないのだった。



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