第55話 新たな問題
「では、会議を始めさせていただきます」
テランザム町長の言葉に、一同を改めて見直せば、広い会議室が随分と狭く思えた。正面に領主である義父が座り、その左右を挟む形で対立している者たちが向かい合って長机についている。
義父の左手側の窓を背に座るのが、テランザムの町長をはじめ、温泉組合長、そして温泉で利益を得ている商人の代表者と宿屋関係の代表者だ。反対の入り口側には水防工事担当者であるバイレッタ、ゲイル、ラスナー、ナヤルバが並ぶ。
ちなみに父の横にはガリアンが控えている。アナルドは会議前から姿が見えないので欠席だ。あの人は次期領主という自覚があるのだろうか、と余計な心配が起こる。
それぞれの挨拶が済めば、さっそく本題に入った。
「では、訴状を読み上げさせていただきます」
テランザム町長は、水防工事の影響で湯量が減ったこと、そのため収益減になったことをあげて、テランザムの町周囲の水防事業の中止と、湯量を元に戻すための措置を嘆願した。
「なるほど。湯量の減少は問題だが、お前たちも調べたんだろう?」
神妙な顔で頷いたワイナルドが、そのまま視線をバイレッタに向ける。
バイレッタは隣に並ぶ面々を見やって、頷いた。
「ナヤルバ博士、お願いいたします」
「はいはい。先日の調査結果ですが、メデナ川の支流に、確かに鉱泉、あーつまり、温泉ですな、それが混じっておりました。水の性質を調べたところから、逆算するに、毎分3トンほどの湯量が流れ込んでいると思われます」
「3トンとは、今の湯出量の3割ほどに当たる量ですか?!」
温泉組合長が信じられないというように叫んだ。
「だが、これは新たに湧いたのではないかと考えますな。そこで川に沿って調べたところ湯湧地点がいくつか変わっておりまして。そのためこの地に流れ込む湯量が減少したと考えられます」
「では、水防工事は関係ない、と?」
「流れを変えたのではないのか、そもそもそれほどの莫大な事業費をかけて行う意味はあるのですか?」
「その費用を温泉宿の修繕に当ててくれたほうがよほど利回りが良いのでは?」
途端に反対側の席から否定的な意見が噴出した。
よほど鬱憤が溜まっているようだ。
生活向上とひいては領民たちの命を守る事業だが、損失の観点からいえば理解されないのかもしれない。
「ゲイル様、よろしいですか?」
「はい。これまでは橋の建設に力を入れてきまして、隣国や帝都への街道の整備も重点的に行っておりました。ですが、水害で橋が流されることも多く、街道の補修も頻繁に行っておりました。こちらは私が来てからの8年間の水害の状況と、修繕の記録になります。それによりますと年間で多いときには13回の水害にあっております。被害状況は皆様もご存知でしょう。テランザムの町も被害にあっておりますから。通いの商人たちも荷とともに流されたと聞いておりますし。その際の被害総額もありますが、これは年間の水防工事費用の約5倍に当たります」
ゲイルは手元の資料を眺めながら、淀みなく説明していく。数字的にきちんと計算された証拠もあるので、相対する彼らは一様に口を噤んでしまった。
実際に被害にもあったのだろう。その時の記憶を思い出しているのかもしれない。
とにかくスワンガン領は水害が多いのだ。急斜面の山なので、長雨が続けば一気に川が溢れる。山の斜面を伝って勢いのある水が襲ってくるので、何もかもを流してしまう。
「水防工事を始めて、今年の水害はまだ3回ほどです。それもまだ工事を終えていない地域での発生ですから、むしろ工事を推し進めるべきでしょう」
「だが、湯量の減少はどうする? これ以上減ってしまうことにつながらないのか?」
「地質調査をしまして、新たな湯湧地を確保しましたので、水防工事と並行して、管を通せばいいのでは?」
温泉組合長が声を上げれば、ナヤルバがすかさずフォローに入る。
彼らも湯湧地については独自で調査をしているだろうが、学者の推察には敵わないようだ。そんな地があったのかと驚いた表情からも読み取れる。
さすがはナヤルバと言えた。変り者ではあるが頭脳は評価できる。
「工事関係者が、一部暴徒のようになっているという話はどうなっているのでしょう?」
「そうだ、襲われた商人もいるとの話ですが」
商人代表からの言葉に、温泉組合長が大きく頷いた。
バイレッタはラスナーを見るが、彼も難しい顔をしている。
「具体的にはいつ頃、どこで、どのような状況になったのかお聞きしてもよろしいですか?」
「いや、噂を聞いただけで、詳細はよくわからないのですが。むしろ領主様方は何かお聞きになってはおられませんか?」
「小さな諍いなどはありますが、大きな問題に発展したことまでは聞き及んでおりません。商人が襲われた、というのは?」
「それは帝都から来た商人たちが話していました。工事関係者たちに手持ちの商品を奪われたり、難癖をつけられたりしたようです」
新たな問題に、思わず唇を噛み締めてしまった。
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