閑話 妻との子供(アナルド視点)
領主館でアナルドたちに与えられた部屋は、もともと子供部屋の隣にあった物置部屋だった。すっかり改装されていて、一瞬何の部屋だったか思い出せなかったほどだ。
二人が寝ても十分に広い寝台が一つ、文机にカウチと書棚が置いてある。地味だが、なんとも落ち着く部屋に仕上がっている。
バードゥに訊ねればバイレッタがこの部屋がいいと数年前に改装させたらしい。
自分が使っていた子供部屋と隣の母の部屋は変わらずに、昔のままに残されているのを見て、妻の気遣いに触れたような気持ちになった。
感傷のようなものは抱かなかったが、それでも居心地の悪い温かさが心に満ちる。
だからこそ、裏庭にいたゲイルと妻との二人のやり取りを見せつけられて不快な気持ちが加速したのかもしれない。
夕食を食べ終え、風呂上がりのバイレッタが今日から暫くは共寝ができないと言い出したときには、軍規違反を犯して死に場に向かう部下を見送るような視線を向けてしまった。
感情を込めず柳眉を寄せ、ただ冷ややかに見つめる。
「それは…」
あの男が傍にいるからだろうか。抱かれているという事実を知られたくないからか?
瞬時に浮かんだ感情はどす黒い塊となって、胃の奥に沈んだ。
だが、すんでで言葉を飲み込んだ。バイレッタがやや気恥ずかしそうに続きを口にしたからだ。
「月のものが来たので…男性には不快でしょうから部屋も分けてもらって構いません」
月のもの?
一瞬、言われた意味がわからなくてアナルドは心の中でオウム返しにした。それから、自分の血の繋がった子供はできなかったのかと落胆した。
そんな自分に動揺する。
賭けには勝たなければ彼女はいなくなってしまう。あっさりと背を向けるバイレッタの姿が簡単に想像できた。
だというのに、賭けに負けたことに対する感情よりも、子供ができなかったことを気にするとは。
そんなに彼女との子供がほしいのだろうか。
自分に問いかけてみてもよくわからなかった。
自分が家庭向きでないことは分かっている。そもそも、妻どころか自分の気持ちすら不確かだ。けれど、やはりこの感情に名をつけるならば、落胆というのがしっくりくるような気がした。
だが、出てくる言葉には動揺を感じ取られないように神経を使う。
「では、今日は早めに休みましょう。ほら、横になってください」
「え、一緒に寝るのですか?」
「夫婦ならば当然ですよ。体調が優れなくなるとも聞きましたから、ゆっくりしてください。何かして欲しいことはありますか」
「いえ、ありませんが…」
「痛いとか辛いことはありますか」
「いつものことなので、数日すれば落ち着きますから」
「そうですか。では寝ましょう」
戸惑っているバイレッタの腕をとって、寝台へと押しやる。そのまま上掛けをかけて、自分もその横に身をつけた。
もし子供ができていたと告げられたら、自分はなんと答えたのだろうと思いながら。
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