閑話 間男からの挑戦状(アナルド視点)

領主館の裏庭から、剣戟の音が聞こえてアナルドはふと足を止めた。

廊下から窓を見下ろせば、見慣れたストロベリーブロンドが夕日に染められてきらきらと輝いていた。


剣を扱うと知っていたし、帝都の家でも鍛錬していた。だが相手と剣を交えているところをしっかりと見たのはこれが初めてだ。

軍にも女性はいるし、しっかり訓練に参加もできる。だが、妻は別だと考えていたが、乱れのない打ち合いの姿に思わず見とれてしまった。


ゲイルと何合か打ち合って、二人はそのまま剣を収めた。

声は聞こえないが、楽しげに会話をしているようだ。

彼が何かを言えば、バイレッタはきょとんと無防備に見上げている。

男にそんな無警戒でいいのか、とアナルドは腹立たしくなった。

夜会に出たときは一分の隙もなく、臨戦態勢だったくせに気を抜きすぎだろう。


イライラとしながら見つめていれば、不意にゲイルの視線がこちらを向く。

さすがは隣国で騎士位にいただけはある。

アナルドが見ていたことに気が付いていたようだ。

彼につられて、バイレッタの視線もこちらに向いた。

しげしげと妻と見つめ合う。

だがすぐに視線はそらされて、ゲイルへと向かってしまった。


夫よりも間男を長く見つめるとは、どういう了見だ。


二人はアナルドがいるにも関わらず、そのまま親しげな会話を続けている。

バイレッタが何かを告げると、ゲイルは驚いた表情になる。見せつけるかのように楽しそうな二人に、ますます苛立ちが募った。


上から見ていれば、二人の距離は丁度二歩ぶん開いている。だが、近すぎないだろうか。妻が他人の男とそんな近くにいるものなのだろうか。

もっと離れるのが適切な距離というものではないだろうか。


だが、二人はすっかり自分たちの世界に浸っているようだ。

ゲイルの言葉に、バイレッタが顔を赤くして戸惑ったように話している。


かと思えば彼は穏やかに微笑しながら、そっとバイレッタの片手を持ち上げた。目を見つめたまま軽く口付ける。

ナリスの騎士が貴婦人に対して求愛を示す行いだ。

帝国歌劇にもなっているほど有名な演目にも使われて、部下が恋人にねだられたと愚痴っていたのを覚えている。気障ったらしくてとても真似できないと嘆いていた。帝国軍人はいつでも雄々しくあれと言われ、優雅さとは無縁の世界だからだ。


ゲイルは元騎士らしく随分と様になっていた。

一枚の絵のように、調和のとれた風景のように見えた。

それが自分の妻でなければ、なんとも思わなかったが、実際にはバイレッタがされる側だ。


明かな間男からの挑戦状だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る