閑話 己の無様な姿(アナルド視点)

山歩きの帰りはゲイルと学者たちとは別行動になった。バイレッタの顔色があまりに悪かったからだ。

いつものことだと彼女は笑うが、気遣われれば素直に承諾するのだからやはり辛いのだろう。


帰りの馬車では早々にクッションにもたれかけて眠ってしまった。


蒼白い顔を眺めていると思わず、体が動いて彼女の隣に座っていた。よほど疲れているのか眠りこんでいて起きる様子はない。

自分の胸に持たれかけさせるように抱き込んで、しっかりと固定する。


これで多少馬車が揺れたとしても座席から転げることはないだろう。


安堵しつつ、頬にかかった髪を横に流してみる。さらりと揺れる様を眺めて、彼女が決して辛いとか痛いとか弱音を吐かないことに気がついた。


思えば初夜のときも痛いとは言わなかったのだ。だからこそ、慣れているのかと勘違いしてしまったのだが。


いつも何かと闘うように、気を張っている。自分が傍にいれば、尚更に。

父は彼女を男嫌いだと称したが、ウィードは目に見えないものを重視すると言った。

目に見えない気遣いや言葉とは何か考えてしまう自分と対照的に、それをさらりとやり遂げるゲイルはスマートだと思わず感心したほどだ。なるほど、弱音を吐かない彼女にはああいった気遣いが大事なのだと実感できた。


間男から学ぶことはたくさんありそうだ。

不快だが、ありがたくもある存在に不思議な心持ちになった。

だが何よりも優先すべきは妻の気持ちだ。


こうして積み重ねていけば、彼女は自分の元に残ってくれるのだろうか。

今のように力を抜いて寄り添ってくれるだろうか。


上手く想像ができなくて思わず苦笑した。


「無様だな…」


ぽつりと落ちた言葉が、身に沁みた。

彼女の心は高潔で、どこまでも鮮やかだ。

それに比べて、欲しくて足掻いている自分の姿のなんと滑稽なことか。


バイレッタが知れば一瞬で幻滅されそうだと考えて、そもそも妻が自分に対して少しでも好意的な感情を向けているとは思えないことに気がついた。

体は無理矢理繋げたし、彼女の好みそうな話題もよくわからない。拒否はされないが、だからといって心から喜んでいるのかと問われれば首を傾げてしまう。そこまで自惚れられるほど愚かではないつもりだ。


平素の物静かで落ち着いている凛とした姿と、閨の中での妖艶な姿しか知らない。


これではいけないのではとは思うが、ではどうすればよいのかはわからない。

やはり自身が無様なことに変わりはなかった。

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