第50話 逃げている似た者親子

晩餐会は町長の屋敷で少人数で行われた。

豪奢なテーブルクロスのかけられた長テーブルは、町長の家の豊かさを表している。このあたりでは一番発展している町の長なのだから当然だろうが。帝都で暮らす領地なしの爵位持ちよりもよほど贅沢ではないだろうか。

地域の特産物が並ぶ食卓は彩りも鮮やかで見た目にも楽しめる。

趣向を凝らした食卓に、思わずため息が出るほどだ。

交易の玄関口のため、豊富な食材と香辛料を活かした素晴らしい料理の数々を堪能できた、と思われる。断言できないのが悲しいところだ。


本日の視察の報告を交えながらの食事に、ゲイルも同席してもらったのが唯一の救いだ。

バイレッタの横で町長とゲイルは始終穏やかに会話を続けている。


「ではまだ、工事には時間がかかりそうですな」

「そうですね、長引くと困ったことになりますか?」

「今年の長雨の時期は乗り越えましたから、堤防の問題はありませんが、これからずっと寒気が強くなりますからね。心配なのはそれですかな」


だが、ふと町長が思い出したように声をあげた。


「そういえば、バイレッタ様が以前話されていたデンバーのタペストリーですがね、やはり最近価値が上がってきたのですよ」

「そうですか…」


以前義父とともにケニアンの堤防工事の視察に訪れた際に、隣国タルニアンの商人たちがデンバーという国から仕入れたタペストリーを自国では売れないからと購入を迫ってきたことがあった。タペストリーといっても細く柔らかい布を織り合わせた不思議な模様のもので、異国情緒溢れる代物だ。


その話を町長が義父に相談していた場所に居合わせたバイレッタは、安値で仕入れて大切に保管しておくことを助言した。


デンバーはタルニアンより南にあるため薄い布が流行っている。薄い布は涼やかさや軽やかさを与えるが、タルニアンやガイハンダー帝国は寒冷地が多く薄い布は持て囃されないのだ。むしろ重厚で厚みのある布が喜ばれる。必然的にタペストリーも重厚感のあるものが選ばれる。

時もよくなかった。戦争の真っ最中で華美なものや新しいものを控える風潮だったこともある。


だが、終戦になり帝国内は一気にお祭りムードとなり、目新しいものや派手なものが流行している。柔らかい布で編まれた精緻なタペストリーも華やかで好まれているらしい。


町長はホクホク顔で話を向けてくる。

だが、ゲイルとは反対側の隣の空席のせいで、バイレッタは始終頬をひきつらせるしかない。


贅沢な料理にも空席のせいで残念度合が増している。味わう心の余裕がないのだ。


「領主様から貴女の言うようにしろと言われた時には不思議に思いましたが、さすがはバイレッタ様ですな。領主様が随分と目をかけられるわけだ」

「彼女は帝都でも一、二を争う商人でもありますし、社交界の最先端をいく方だそうですから」

「ゲイル様はどこから話を聞かれますの? あまりに持ち上げられすぎて恥ずかしいですわ」

「もちろん領主様方ですよ。ご自慢の嫁ということでしょう」


そうか、情報源は義父か。

あの男が人を単純に褒めることはない。きっとゲイルを牽制でもしたのだろう。

だからこそ、今は自分が手綱を握っているとでも言いたかったのかもしれない。

義父の裏の思惑を感じさせないゲイルの口振りに、町長は穏やかに頷いた。


「そうでしょうとも。今度はぜひ領主様や若様ともご一緒ください。お二方からもぜひともお話を伺いたいものですから」

「ええ、お義父様も夫も必ず顔を出させますから」


伝えておくでも、出させるようにするでもなく必須だと告げる。人に仕事を押し付けて逃げている似た者親子を思い浮かべながらバイレッタはいつも以上に艶やかに微笑む。


未だに義父の到着の報せはなく、アナルドはどこにでかけたのかすらわからない。体調が悪くなって欠席させて欲しいと告げて、ふらりとラスナーの馬を駆ってでかけてしまったのだ。

体調が悪いならば、今夜泊めて貰う町長の家でゆっくりしておけばいいものを、案の定姿が見えない。


顔を合わせたら、欠席したことを絶対に後悔させて差し上げますわ、と念じながらほほほと乾いた笑い声をあげるのだった。


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