第48話 いい話からの残念話
「ああ、確かにアイツは怪我が元で帰ってきたと言っていましたね。アナルド様の元部下の方でしたか。ウィード、ちょっとこっちに来い」
アナルドとセゾンは初対面だが、ゲイルが名を呼んだのでアナルドの正体を察したらしい。領主の戦争に行っていた息子だと。
ゲイルの話を聞いたセゾンが気を利かせて、彼を大声で呼んでくれる。
だがバイレッタは生きた心地がしなかった。
確実に自分の隣に立つ男の気配が変わったからだ。
ひやりとした冷気を感じる、気がする。
「なんですかね、監督…って、ありゃ連隊長殿じゃないっすか?!」
気だるげに歩いてきた男は、アナルドに気が付くと目を輝かせた。髪色と同じく黒い双眸が太陽の下きらりと光る。
曇りのない双眸に、バイレッタは納得した。
なるほど、自覚のないバカなのだろう、と。
「ウィード=ダルデ少佐、いつも言いますが落ち着いてください」
「除隊しましたから元ですよ。普通に名前で呼んでください。それにしても、相変わらず連隊長は美人ですね!」
「貴方は本当に変わりありませんね」
「そりゃあ、唯一の俺の取り柄ですから。いつも元気で明るくってね」
アナルドは決して誉めたわけではない。だが、ウィードは嬉しそうに破顔した。
会話が微妙にかみ合っていないが、二人の会話はこれが通常なのだろう。アナルドは諦めているようにも見える。
「バイレッタ、彼はウィード=ダルデ元少佐です。元部下ですので、覚えなくてもいいですが」
そんなに元を強調しなくても、アナルドが関わりたくないと思っていることは十分に伝わっているから安心して欲しい。
だが紹介された当人は全く意に介していないようだ。
「うおー美人の隣にこれまた美人が。お嬢さん、おキレイですね」
「妻に気安く話しかけないでください」
「妻って…なに? え、アンタ結婚したの?!」
驚愕の表情のまま敬語の抜け落ちたウィードがアナルドに物凄い勢いで噛みついた。
元上官とはいえ、無礼には当たらないのかと思わず気を揉んでしまう。
「結婚はもともとしていましたが」
「ああ、確かに既婚者だとか聞いたっけな。信憑性の低い噂だって話じゃなかったか? いやでも、アンタの嫁なんて想像できなかったんだけど…こんな人非人に、妻だと。 しかもこんな美人! 羨ましい!!」
頭を抱えて絶叫したウィードの横でアナルドは作り物めいた笑顔を浮かべた。
「視察を続けてください、バイレッタ。彼は俺が引き受けますから」
「えー、オレも入れてくださいよ。もう彼女の隣で息吸ってるだけでいいですから」
「妻が穢れるのでやめてください」
「ちょっ、連隊長殿酷い! 昔は色々と下の世話をしあった仲じゃないですか」
「俺には全くそんな記憶はありませんが」
「えー、奥様聞いてくださいよ。連隊長殿ってば部下のために自分たちの給金から高級娼館のすんごいイイ女たちを宛てがってくれてたんですよ。泣かせる話じゃないっすか!? おかげでもうイイ女しか抱きたくなくなっちゃって、どうしてくれるんですかね…」
いい話が一瞬にして残念な話になったがいいのだろうか。
バイレッタは適当な相槌が思い浮かばず、生返事を返した。
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