第47話 それは地雷
ケニアンの町はスワンガン領地のやや北東に位置する川沿いの町だ。支流の一つに沿って作られた町なので、水の被害も多く一番最初に水防工事を着工した場所でもある。今は補修のために人手を割いている場所でもある。早急な視察を求められた場所でもあった。ついでに堤を伸ばすことも計画している。
それなりの人口が住んでいるし、隣国の玄関口でもある。必然的に商業が盛んで、交易路にもなっているので、この町の護りはしっかりしたい。周辺の中では一番大きな町でもある。
人が集まれば揉め事が起こる。ケニアンも例外ではなく、治安の悪化を訴えている町の一つでもあった。
そこを視察の第一に選んだのはアナルドだ。
理由はとくに話していなかったが、反対することもないので、バイレッタとアナルド、ラスナー、ゲイルで視察に向かうことになった。
日が高くなってから領主館を発って、二時間ほどで町に着いた。町の門をくぐり中に入れば、馬車は広場のような場所で停まった。
降りたバイレッタたちを出迎えたのは町長だ。昨晩に伺う旨の通達はしていたので、出迎えるために待っていたのだろう。
「ようこそ、ケニアンの町へ。この度は河岸工事の視察と伺いましたが…」
挨拶を述べた町長が馬車をしきりに気にしている。きっと領主たる義父の姿が見えないことに困惑しているのだろう。
以前はまったく領地に姿を見せない男だったが、この8年では事あるごとに顔をだしていたのだから。
まさかまた寄り付かなくなってしまったのか、もしくは体調不良などで姿が見えないのか、いろいろと脳裏をかすめているのだろうことは容易く想像できたが、詳しく説明している義理はない。
そもそもがくだらない理由だ。
ぜひとも遅れてのこのこやってきた義父を問い詰めていただきたいものだ。
常に義父と訪れていたため、バイレッタとは面識がある。
町長の探るような視線をにこやかにかわす。
「ええ、その通りですわ。早速現場に向かいますので、よろしいですか」
「かしこまりました。こちらの者も帯同させていただきます。案内は不要とは思われますが、その方が報告も簡易で済みますし」
町長の隣にいた背のひょろりと高い男が頭を下げる。確か町長の補佐をしている男だ。
それに頷くと、彼らはほっとしたような顔になった。
「視察後はこちらにお戻りください。ささやかな歓待の場を設けさせていただきますので」
「わかりました。では、出発しましょうか」
こうしてようやく現場の視察に向かうことができた。
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川の傍では大きな石が積み上げられている。
山から切り出した石で、しっかりとした土台とするためだ。
川べりに立って指揮をしていた男が近づくバイレッタたちに気がついて、駆け寄ってきた。
現場監督のセゾンだ。皺に覆われた顔はよく日に焼けている。厳めしく見えるが、目元は穏やかだ。
「これは若奥様に、ゲイル様、ラスナー様、今日はどうされました?」
「領主様の視察だ。工事の進捗状況を説明してくれるか」
「ああ、そういえば連絡が来ていましたね。進捗具合はまあ見ての通り半分ほどといったところです。人手は増えてありがたいんですが、思うほどには進んでいないですかね」
男が作業をしている者たちを示しながら、説明をしていく。
と、突然ドボンと大きな水飛沫が上がった。
作業をしていたはずの数人の男たちが川の浅瀬で乱闘になっていた。殴ったり蹴りあったりと凄まじい。
「ああ、また始まったか…」
怒号が飛び交う声を聴きながら、セゾンが肩を竦めて見せた。
「いつものことなのですか?」
「古参でずっと作業している者たちと戦争帰りの新参者たちとの間に、つまらないいざこざが起こるんですよ。戦争に行ったのが偉いとか残っていたから腰ぬけだとか、まあ罵る言葉は決まってますがね」
思いの外、根が深そうだ。
バイレッタが思案げに眺めていると、一際大柄な男が暴れている男たちを次々と川に放り投げた。
物凄い力技だ。
漆黒の艶やかな黒髪に、男らしい顔つきをした男だ。褐色に焼けた肌は逞しく鍛え上げられており、アナルドと同年代にも見える。
「こんなとこで急に遊び出すなよ。頭冷えたら、仕事しろ」
男が腹に力を入れた重低音で告げる。決して声をあらげた訳ではないが、よく通る声に川から上がった男たちがまた作業に戻っていく。
「凄いですね、彼の一言で作業が再開しました」
「ああ、ウィードですね。まぁ騒ぎを大きくすることもありますが、時々はああやって沈めてもくれます」
セゾンが苦笑混じりに告げれば、ゲイルが穏やかに続ける。
「彼が昨日話していた人物ですよ。ほら、アナルド様の元部下です」
あれ、それ地雷じゃありませんでした?
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