第46話 苦手な分野
ふと目が覚めて、寄り添うぬくもりにバイレッタはほっと肩の力を抜いた。
久しぶりにスワンガン領地までやってきて、移動の疲れが出たのか昨日は早々に寝てしまった。月のものが来たのも体のだるさに拍車をかけている。
アナルドにしばらく床入りできないと告げれば、彼は不快そうに眉を顰めたが、女性特有のものだと言えば察したらしかった。それでも一緒に寝ると言ったときには驚いた。抱けなくても隣で寝て欲しいらしい。むしろ欲が発散できない分つらいのではないかと思ったが、彼は特に気にした様子もなくさっさと寝る準備をしていつもよりもずっと早くに寝入った。
明け方の薄明かりの中でも、端正な顔立ちは変わらない。
ここまで整っていると嫉妬するのも馬鹿らしく、いっそ清々しくなってくる。
夫の顔をしげしげと眺められるのも、彼の腕がしっかりと自分を抱きこんでいるからだ。まるで抱き枕のような扱いに、そんなに抱いて寝たいなら適度な柔らかさの枕をプレゼントしようかなどと考える。
自分がいなくなったら、それを代わりに抱いて眠れば落ち着くだろうか。
それとも、代わりの女を用意するだろうか。
先日の祝勝会を思い出して、バイレッタは夫の人気のすさまじさを実感した。
少し離れただけで、彼に集まる視線の多さと熱量といったら。傍にいてもいなくても変わらないのだから、アナルドが求めている妻として役立ってはいないのではと呆れるような気持ちになった。
自分の代わりなどすぐに見つかるだろうと簡単に想像できた。
想像して、少しもやもやする自分にも気が付いた。
体を繋げる関係で、自分の中にも彼に対しての愛情めいたものができているのかもしれない。以前ほど異性を敵視するような自分はなりを潜めている。
だからといって、賭け事で自分を抱く男を許したわけではない。誰が相手でもよかったのだろうアナルドを思えば、腹立たしさが消えるわけもない。どうせ彼にとっては無料の娼婦なのだから。
そもそもバイレッタは避妊薬を飲んでいる。飲んで30分後から効果が顕れ8時間持続するというものだが、頭のいいアナルドが賭けの禁止事項として盛り込まなかったことからも彼には賭けに勝つつもりがないことは明白だ。
まさか避妊薬の存在を知らないとは思えない。時折、突然の昼の行為や夜から朝方にかけてと避妊薬の効果が期待できない状況に追い込まれることもあるが、それでもあからさまに妨害を仕掛けてはこないので、やはり勝つことに拘りがないように思える。
だからこそ、ますます気まぐれに自分を抱く男に腹立たしくはあるのだが、彼を下手に問いただすわけにもいかずバイレッタも流れに任せている。問いただして避妊薬をやめろと言われるのも困り物だからだ。
だが、月のものが来てもこうして自分を抱きしめてくれるぬくもりが、心を温めてくれるのも確かだ。
それに子ができていなかったことに、少しがっかりした自分もいた。避妊薬が絶対ではないと思っているけれど、飲んでいるのは自分の意志にも関わらず。なんとも曖昧で不確かな感情に自分でも苦笑してしまうけれど。
世間のいう愛や恋はよくわからないし、過去のせいで男が苦手なのも変わらない。自分を確立したいという信念も曲げるつもりもないけれど、少しだけ愛おしいという思いが芽生えているのだけは素直に認めてもいいかもしれない。少なくとも、あと半月くらいは付き合ってもいいと思えるくらいには。
バイレッタはそっと目を閉じて、ふうっと息を吐いた。
昨日ゲイルに告げられた言葉を反芻して、今はまだ考えないように努める。
恋愛感情というものはどちらかといえば、自分とは関係ない世界だと思っていたから、未知なるものへの恐怖を感じるのかもしれない。
彼の熱の籠った視線を思い出すだけで顔が熱くなる。ゲイルも想いを伝えただけで、どうこうするつもりはないようだ。ただ言葉のとおりに、本当に知ってほしかっただけなのだろう。バイレッタの臆病な心を知っていて、優しい彼は自分に合わせてくれているのだとも感じた。
ゲイルは誠実でとてもいい人だ。彼となら穏やかな恋ができるかもしれない。だが、それも今は無理だ。アナルドとの賭けが続いている間は。
年齢を重ねても恋愛ごとに不馴れな自分に少し呆れもするが、改めて苦手な分野なのだと実感する。
お金や帳簿のように、わかりやすいものだったら、簡単なのだが。
紙面を眺めるだけで、正しい方向が分かればいいのに。
できればそっとして、時間が経っていずれの想いも風化させてくれないだろうか。
こっそりと願ってしまうのだった。
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