閑話 妻に怒られる自分の姿(アナルド視点)

スワンガン伯爵家に着けば、侍女の手を借りずに彼女の夜会用のドレスを脱がせ風呂へと入れる。

傷を負った仲間を運ぶことに比べればバイレッタ一人を介抱することは容易い。しかもなぜかわくわくするのだから率先して手を動かした。さすがに脱いだ服の片づけは侍女にお願いしたが。


彼女を全裸にして自分も服を脱ぐ。

誰かを抱えながら風呂に入るのは初めてだ。

誰かの体を気遣いながら、その肢体を洗うのも。


慎重な手つきで髪の先からつま先まで洗いあげる。

宝物を磨くような気持ちでひどく高揚した。

抱いているときも思ったが、彼女の肌は滑らかで手に馴染む。

いつまでも触れていたいと思うほどに手触りがいい。だが、彼女の意識のあるときに触り過ぎるとすぐに手をはねのけられる。

なのでここまで満足に撫でまわすことができない。だが意識のない間ならばどれほど触れても彼女は眉を顰めることもない。


残念ながらここにはシャワーしかないが、浴槽にゆっくりと二人でつかって堪能するのもいいと妄想する。さて、彼女はその申し出に頷いてくれるだろうか。


不思議な気持ちのまま、しっかりと水気をふき取って寝台へと寝かせる。

寝室と浴室がつながっているのはこういうとき有り難い。


自分も裸のまま、彼女の横に滑り込む。

すっかり眠り込んでいるバイレッタをしげしげと眺めてみる。

整った人形のような顔立ちをしているが、彼女は目を開けた瞬間に印象をがらりと変える。感情を宿した瞳は光に溢れている。それを横で眺めているだけで、特等席を与えられた気持ちになるのだから、自分はきっと彼女に溺れているのは本当だな、と実感するのだ。


このまま朝になって彼女が目覚めれば全裸であることを怒るだろうか。

朝日の中で彼女に怒られる自分を想像するとなんだか、愉快な気がした。


きっとあのアメジストの瞳がいきいきと輝いて、朝日のまばゆさ以上にいっそ神々しいほどだろう。

滅多にお目にかかれない宝石を心待ちにするように、気分が上昇した。


『覚悟してください、バイレッタ。俺は貴女を手放す気はさらさらないんだ』


皇宮の中庭で妻が意識を失う直前に告げた自分の言葉を反芻して、そっと彼女に口づけた。形の良い唇はふわんとやわらかくて、そっと目を閉じる。


己の感情をかき乱す彼女のぬくもりを堪能しながら―――。

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