第4章 ところで

第42話 裏切られたような気持ち

兼ねてより義父に頼まれていたスワンガン領地へ、訪れることになった。

帝国の東側は山間で、帝都よりもやや気温が低い。

季節的には初夏の頃だが、それほど暑さは感じない。


夫がいなくても義父に連れられて領地を訪れていた。今回できっかり10度目になる。記念すべき回数だが、バイレッタには祝う気持ちなど少しも湧かない。


「ようこそ、いらっしゃいました」


スワンガン領主館にたどり着くと、バードゥが恭しく頭を下げて出迎えてくれた。

いつもなら領主館の面々に変わりないか声をかけるところだが、バイレッタは隣に立つ人物に挨拶を譲った。


さすがは執事頭のバードゥだ。

意外な人物にもかかわらず、眉を動かしただけで、すぐに笑みを浮かべる。


「若様、戦地から無事にご帰還のこと、お慶び申し上げます」

「ああ」


アナルドは短く答えて、それから口を開くことはない。

二人は10年以上会っていないはずだが、それ以外の会話をする雰囲気もない。

仕方なくバイレッタが二人の間に立つ。


「久しぶりね、バードゥ。こちらのみんなは変わりないかしら」

「若奥様、お久しぶりです。そうですね、先日マリヤが腰を痛めたくらいでしょうか」

「まあ、後でお見舞いを届けさせるわ。ガリヤンは通っているのでしょう?」


マリヤはメイド頭でアナルドの乳母をしていたと聞いている。ふくよかで朗らかなおおらかな女性だ。

屋敷を切り盛りしていると言っても過言ではない。ガリヤンはそのマリヤの息子で馬丁をしている。

言付けを頼もうと視線を巡らせれば、バードゥがにこやかに頷いた。


「はい、馬屋にいると思います」

「そう。ではハンナ!」


バードゥの後ろに控えていた使用人たちの間から見知った女中を見つけて声をかける。


「はい、若奥様」

「後で日持ちにするものを包んでガリヤンに渡してちょうだい。手がいるようだったら遠慮なく言うように言伝てもお願いね」

「かしこまりました」

「それから、さっそく堤防の現場の様子を知りたいのだけれど…」

「それでしたら、先ほど…」

「今、着いたところだ」


裏から出てきた長身の男が、穏やかに声をかけてくる。

赤みがかった髪色に茶色の瞳。よく日に焼けた精悍な顔立ちは変わらない。


「ゲイル様、よかったわ。すぐに話せるかしら?」

「誰です?」

「旦那様、こちら領地の水防事業の担当官をお願いしている方でゲイル=アダルティン様ですわ」

「なるほど、父が話していた…バイレッタの夫のアナルド=スワンガンです」

「ああ噂のご夫君か。戦場から無事に戻られたそうで、何よりですね」

「ありがとうございます」


にこやかに話し出す二人に挟まれて、なぜかバイレッタは背筋が凍るような気持ちになった。縋るような気持ちでバードゥに視線を向ければ、彼は沈痛な面持ちで首を横に振った。


どういう意味だろう。

ただ、見捨てられたような裏切られたような気持ちに包まれたのは確かだ。

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