閑話 厄介な感情(アナルド視点)

皇宮の中庭ではすっかり感情が暴走してしまった。

不快さと性欲が結び付くなどと思ったこともなかったが、今までで一番興奮した自分も自覚した。


自分の中でこれほど狂暴な心があるとは思わなかった。すっかりバイレッタは気を失っている。彼女の乱れた服を整えて祝勝会を後にする。腕の中にすっぽり収まる妻の小柄さに、戦慄を覚えた。

隣に立つ姿勢の良い彼女には、いつも気迫のようなものが漂っている。それが彼女を大きく見せているのだろう。だが、こうして眠っている時に抱きかかえてみれば自分よりも随分と彼女が小さいのだと実感できた。


こんなに細くて壊れそうな女だっただろうか。

叩いても元に戻る鋼の鎧のようなものだと考えていたが、繊細なガラス細工のような脆い姿を見つめて、知らず抱えた腕に力が籠る。


彼女が叔父と仲がいいと知っていただろう。

揺れる馬車の中で、アナルドは自分に自然と問いかけていた。

答えは是だ。

報告書も読んだし、男女の仲にあるとの噂も聞いていた。もちろん、二人が男女の仲だとの疑いはない。だが、紙面で得た情報と実際の現場を見るとではアナルドに与えた衝撃は全く別物だった。


仲がいい?

叔父と姪はあんなふうにベンチに並んで抱き合ったりしない。

至近距離で見つめ合って楽しげな会話もしない。

当然のように背中に手を回して宥めたりもしない。

もちろん、姪の夫に殺意や憎悪をぶつけてきたりもしない。


仲がいいなんてレベルの話ではないことは見ていれば伝わる。あんな噂が広まるわけだとアナルドは釘付けになって焼き付いた光景を思い返して、納得する。それと同時に、またムカムカとした感情が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。


あんな光景をアナルドに見せる妻にも不快さが増す。

一方ではだからこそ面白いものだと理性を司る自分が嗤う。


これまで自分が認識する感情は不快さと平坦。それ以外は周囲の様子を見て、真似てきただけだ。たいていは無表情で過ごしている。取り繕うことも存外、疲れるので。

だが、彼女が関わるときだけ様々に変化する。濃淡を変えて、形を変えて、一瞬で沸騰するかのような不快さかと思えば、じわじわと毒に苦しむかのような不快さもある。胃が重くなる不快さやイライラとした落ち着かなさをともなうこともある。


『どれだけ奥さん好きなの?』


不意にジョアンの言葉を思い出して、ふむと考え込む。

誰かへの好意を感じたことは初めてだ。

ジョアンに言われるまで、自分の中のバイレッタは面白い妻という立ち位置だった。

だが、彼の言葉で妻は想い人へと格上げしたらしい。

それすらも他人に言われなければわからないのだから、自分の感情はなんとも鈍感なことだ。


けれど、とアナルドは考え直す。

これが本当に悪友の言う通りのものなのかは、確認のしようがないということに。

ならばしばらくは様子見だ。

日ごと変化していく感情を見つめて、最終的にどうなるのか見当つかないが、静観するしかない。対処法も思い浮かばないのだから。


そして、これが本当に好きだという感情ならなんとも厄介なものだとも思った。

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