第35話 娘ですもの、当然です

「お父様、お久しぶりですね」

「ああ…バイレッタ」


壁際で談笑していた父を見つけて、話がひと段落したところを見計らって声をかける。

顔を向けた父は、記憶の中よりも老けていた。

8年間という年月が経ったのだと実感するには十分だ。目元の皺も白髪交じりの髪も、月日を感じさせる。だが佇まいはやはり軍人だ。多少痩せたとはいえ、しっかりとした立ち姿は記憶の中のものと変わらない。


母とは何度か会ってはいるので、今父の傍にいなくても気にはならないのだが。

社交的な母は軍人の妻として取りまとめのようなことをしている。戦中は父の部下の妻たちの愚痴を聞いたり世話をしたりと細々と気遣っていた。

今も会場のどこかで話をしているのだろう。


「この度はおめでとうございます。准将閣下」

「ああ、ありがとう。君は勲章授与だったか。補給戦線の各個撃破を進言したのは君だと聞いているが」

「あれはたまたま部下が優秀だったからできたことです。准将閣下はあの橋を陥落させた件だと聞いております」


意外にも父は穏やかにアナルドと会話していた。

伯爵家に預けた時には、いつでも家に帰ってきていいと話していたというのに。それにドレスランも心配していたようなことを話していたが。

あまりの穏やかさに、娘の自分が居心地悪く思えるほどだ。


ひとしきり話終えた父は、バイレッタに再度目を向けた。


「バイレッタはますますドラナールに似てきたな。すっかり女らしくなって」

「娘ですもの、当然ですわ」


ドラナールは母の名前だ。

女神と称される母とそっくりな容貌は自覚があるので、バイレッタは頷くしかない。


「相変わらずの性格は直らかったようだが…あまり夫に迷惑をかけるなよ」


むしろ迷惑をかけられているのはこちらだというのに、父はすっかりアナルドの味方のようだ。

そもそも、久し振りに会った娘をもう少し誉めてもいいだろうに。一瞬で落とすとはどういうことだ。


「初対面だと思っておりましたわ。いつ顔を合わせたのですか」

「あ、ああ…この前、家まできてもらったんだ」

「一度も挨拶をしたことがなかったので、いい機会だと思いまして」


記憶の中ではアナルドは戻ってきてから四六時中バイレッタにくっついていたように思う。つまり、昼に盛って抱きつぶされて自分が寝ている間に、実家に顔を出したということだろうか。

化け物のような体力だ。

思わず空恐ろしいものを見るような視線を向けてしまった。


「そうですか。とても立派な旦那様で、お父様もご安心なさったでしょう?」


盛大な嫌味を込めて父を見つめれば、険しい表情でアナルドをみやる。


「こんな小憎らしい娘で申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願いします」

「ええ、承知しております」


小憎らしいところは否定しないらしい。

父よ、小憎らしいとはどういうことだ。

夫よ、そこは否定するべきでは?


バイレッタは二人の間で憮然とするのだった。

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