第34話 可愛げのない夫婦
「なんとも驚いたな…君もそんな顔ができるんだね」
固まった周囲を壊すかのように間の抜けた言葉がのんびりとかけられた。
アナルドは正面からやってきた栗毛の男に敬礼を返す。その横に並んで立つ派手な容姿の女性にはまるで目もくれない。相手が高給娼婦だからだろうか。
基本的には夜会に伴うパートナーは一種の飾りだ。妻帯者であれば、一礼くらいはするだろうが、挨拶を交わす先ほどのジョアンが稀な例となる。
「大将閣下、本日はおめでとうございます」
モヴリス=ドレスラン中将改め大将だ。昼の式典で階級が上げられた。
柔和な顔を顰めて、心底嫌そうにドレスランは口を開く。
「あー、うん。君、僕がそういうの嫌いなの知っててやってるよね。何度も同じ手で話題転換できると思わないでほしいんだけど……まあ、今回は乗ってあげるよ。ほんとは君たちも引っ張り上げるつもりだったんだけど、ポストがなかなか空かなくてね。ま、今回は勲章と報奨金で勘弁してよ。そのうち、二、三階級上げてあげるから」
「それは俺が死ぬときでは?」
「そんなわけないでしょうが。それにこんなに面白い奥さん残して死ねないでしょう?」
面白いとはなんだ。せめて美人と称して欲しい。彼に褒められてもうれしくもなんともないが。
しかし、アナルドとドレスランは仲がいいようだ。バイレッタに結婚話を持ってきたときにも可愛がっている部下と話していたそうだが、実際目にしてみると並んでいる二人に違和感がない。一見すると人を寄せ付けない空気を纏っているアナルドと、柔和な仮面を被っているドレスランだが、中身は似た者同士ということだろうか。
「随分と心配してたけど、僕の言ったとおりになっただろう?」
「閣下にご心配をおかけしていたとは思いませんでした」
「そりゃあ、僕は仲人だし? それなりには気を配るよね」
白々しく何を言ってるんだと白けた気持ちになったが、夫も同様らしい。はからずも夫婦らしく同じ感情を抱いてしまったが、もちろん気分は晴れない。
仲人は結婚の条件に道場志願者のようなことは言わない筈だ。
その件に関しては未だに根に持っているバイレッタである。
「ミゼガン君も向こうにいたよ。久しぶりに顔を見せてあげれば? 随分と君たちの噂を聞いて顔色を悪くしていたからね」
ここにきて、また噂だ。一体なんの話だろう。
バイレッタの結婚を仕組んだ本人がいけしゃあしゃあと神妙な顔すら作らずに楽しげに告げるのを見ると、碌な話ではないことだけはわかる。
そういえば、夫が戻ってきてからも一度も実家に顔を出していなかった。
父が戦地から戻ってきたとは聞いてはいたが、特に用事もなく仕事も忙しかったので戻らなかったのだ。
よくよく考えれば薄情な娘である。夫のみならず父とも8年ぶりの再会だ。
「閣下のお心遣いに感謝いたしますわ」
「バイレッタも久しぶりに会ったらますます可愛げがなくなったねぇ。結婚相手を早めにみつけてあげた僕にそりゃあ感謝するよね」
ああ、殴ってもいいだろうか。
相変わらず腹立たしい男だ。今回さらに地位を上げたとは、軍はこの男を掌握できていないのではないだろうか。それとももう乗っ取られているのか、と疑いたくなる。大将の階級まで上げてしまえば、ほぼ軍のトップに近い。こんな悪魔に実権を握らせては暴走するのが目に見えているというのに。
「また、遊びに行かせてもらうから。その時はよろしくね」
どうせ義母に会いにくるだけのくせに、何がよろしくか。
だがバイレッタはなんとか口角を上げて耐えてみる。
「お待ちしておりますわ、ドレスラン大将閣下」
「君たち夫婦は本当に可愛げがないね…」
あまりうれしくはないが、誉め言葉として受け取っておくことにした。
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