第28話 軍人を労う気持ち

宝石店を出ると一気に脱力した。

アナルドは中で買いたいものがあると言って、店内に残っている。義父のように居心地の悪さは感じないようだった。

店主とすっかり話し込んでいるのだから。


今回の作戦は失敗だ。彼の人となりを知らなかったことが敗因に違いない。むしろ自分へのダメージが大きすぎる。

精神的徒労が大きい。


店の外で深々と息を吐き出した途端、鋭い悲鳴が通りから上がった。


「やめてください!」


声の上がったほうを見やれば、可愛いらしい少女が二人の男に囲まれていた。男たちは軍服を着ている当たり、軍人には違いないがどこか退廃的な雰囲気がある。

初めて会った頃の義父のようだ。

休戦協定が結ばれて三か月。帝都の中にもこうした軍人崩れのような輩を見かける機会が多くなってきた。


「ちょっと付き合うくらいいいだろ?」

「嫌です、離してくださいっ」

「優しくしているうちに、考えたほうがいいぞ」

「帝国軍人ともあろう方々が随分と見苦しいですわね」

「なに?」


思わず声をかけると、振り返った男が言葉を飲んだ。もう一人が相好を崩して相手の肩を叩く。


「お前はそっちにしろよ、俺はこっちにするから」

「なんとまぁ、上等な女だな。あんたが代わりに相手してくれるのか?」

「連れを待っているので結構です」


男たちを引き受けている間に逃げてくれないかと目線を送るが、少女は顔色悪く震えて自分たちを交互に見つつ、静かに成り行きを見守っている。男たちの片方は少女に意識が向いているので、逃がす気もなさそうだ。

さてどうすれば彼女から引き離せるだろうか。


「連れを? こんなところで女を一人で待たせるなんてろくな男じゃない。やめて俺たちと遊ばないか」


確かに配慮にかける行いかもしれないが、バイレッタが居づらくなって勝手に店からでてきただけだ。

彼が悪いとは言い切れない。

乗ってきた馬車は少し離れた場所に停めてしまったので、確かにバイレッタは独り寂しく放置されているように見えるかもしれない。だからと言って彼らが親切心から言っているわけではないことはわかってる。


「お仕事中ではありませんの?」


制服を着ているのだから、仕事中だろうと告げれば彼らはにやにやとした笑いを浮かべただけだった。


「戦争を勝利に導いた俺たちに、ご褒美があってもいいだろう?」

「そうだ、帝国民のために長年働いてきたのだから」


それは戦勝記念式典を開催して、大々的に労われるはずだ。

パレードも企画されていると聞いている。

今は南部からの引き上げが完了していないため保留になっているだけだ、というようなことをアナルド宛の手紙を勝手に開封して読んでいた義父が話していた。

そういう配慮のないところが息子を怒らせる理由では、とは思いはしたし実際にそれとなく注意もしたが全く伝わらなかった悲しい過去がある。


そもそも、労って欲しいにしても自分たちでなくてもいいだろうし無理強いするなどもっての他だ。しかも、このような高級商店街の中で声をかけるなどと非常識にもほどがある。


「軍人様が、なんともお安いことですわね。もう少し誇りと矜持を持っていただきたいわ」

「なんだと?」

「女だとて容赦はしないぞ」


いきり立つ二人に、バイレッタはさてどうしようかと考える。

相手は腰に帯剣しているので、抜かれると少々厄介だ。応戦しようにも丸腰ではどうにもならない。

武器になりそうなものといえば、手にした小さなハンドバックが一つ。

周囲にそれとなく視線を向けて、ほかに武器になりそうなものはないか探したとき、穏やかとも言える声がかけられた。


「お待たせしました、バイレッタ。おや、何かありましたか?」

「いえ。親切な軍人様に声をかけていただいただけですわ」


振り返れば、自然な様子でアナルドが立っていた。男たちになどまるで興味がないようだ。

まっすぐに見つめる視線には、少女すら映っていないのかもしれない。

すっと腰に廻された腕には、内心で片眉を上げてしまうが。


「そうですか、それはありがとうございます。では、行きましょうか」

「おい、待て」

「侮辱されて勝手に逃げてもらっては困るな」


せっかく気遣って話を穏便に終わらせてみたけれど、相手は痛い目に遭いたいらしい。確かに言われっぱなしで終われないのはわかるが、相手が悪いと気づかないものなのか。

私服姿だが、彼は佐官だ。明らかに階級の低そうな男たちでは太刀打ちできそうにない。それとも夫は優男に見えるのだろうか。人を見る目がないにもほどがある。


ちらりとアナルドを窺えば、にこやかな微笑みを浮かべている。

あ、これダメなやつだとバイレッタの本能が告げる。

項がピリピリとする。できれば今すぐに逃げ出したい。逃亡を阻止するかのように腰に添えられている腕に阻まれているけれど。


昨晩もこうして怒っていた彼に散々な目に遭わされた記憶は生々しく残っている。

なぜ、この顔を見て自分たちが優位だと思えるのだろう。


「まだ何か?」

「アンタの連れに侮辱されたんだ。軍人を労う気持ちがないに違いない。誠意をもって謝罪してもらいたいな」

「そうだ、誠意を見せろ」

「まあ、確かに彼女は軍人を労う気持ちは薄いようですがねぇ…所属と階級はどちらです?」

「なに?」

「再教育が必要なようですから。所属と階級を答えなさい」


眼光鋭くピシャリと相手に告げる姿には、人の上に立って命じることに慣れたものだった。


「なっ、あんたまさか軍人か…?」

「おい、不味いぞ。さっさと行こう」


男二人は顔色を変えて、あっという間に逃げていく。格の違いに気がつけて良かったと心から安堵した。

ぼんやりと夫に見とれている少女に、バイレッタは向き直る。


「もう、大丈夫のようね。貴女もまた絡まれないうちにお身内の方と一緒にいたほうがいいわよ」

「あ、ありがとうございました!」


我に返って勢いよく頭を下げた少女は、そのまま雑踏の中に紛れていく。


「なるほど。ドノバンが話していたのはこれですか…」

「何か仰いましたか?」


アナルドは何か呟いたが、生憎とバイレッタの耳には届かなかった。彼は緩く首をふる。


「待たせてしまってすみませんでした、次はどちらに行きます?」


にこやかに問いかけられて、バイレッタは思わず固まってしまった。


次ってなんだ?!



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