第27話 冷酷無比な中佐を探したい

帝都の高級商店街が建ち並ぶ区画に向かって走り出した馬車に揺られながら、アナルドが楽しげに問いかけてくる。


「今日はどちらに向かうつもりだったのですか?」

「そうですわね…」


どちらですかねーという言葉を飲み込んで、頭を必死に働かせる。

男が女に付き合って退屈するものってなんだ。まったく想像がつかない。

どれほど考えても、全く恋愛経験のない自分の人生に参考になる知識があるわけもなく。

むむむと心の中で唸りつつ、馬車の外に目を向ける。


以前義父と仕事の関係で帝都を歩いた時に、バイレッタが経営していた店まで付き合ってもらったが、服飾や宝石類が並んだ店は居心地が悪いと大層不機嫌だったことを思い出す。

親子仲は悪いが、血は繋がっているのだから彼もきっと嫌がるに違いない。先程は初めての経験だからわからないというようなことを話していたから、実際やってみればうんざりするに違いない。


服飾関係の店は同業者で入りづらいところもあるので宝石商の店に行こう。散財する者には好意も抱きにくい。小さなことからコツコツと嫌われれば、離婚できる確率が上がるというものだ。


よし、と意気込んでバイレッタはにこやかに微笑んだ。


「ピアモンテ宝石店に向かっていただけるかしら」


#####


「これはこれはバイレッタ様、良いところにお立ち寄りくださいました!」


洒落た扉をアナルドが開けてくれた途端、バイレッタの姿を見たピアモンテ宝石店の主人が揉み手をしながら走りよってきた。

ラーク=ピアモンテは宝石店の三代目経営者だ。叔父と変わらぬ年代の男だが、落ち着きという点で圧倒的に年齢が迷子になる。


「あ、あら。ラークさんったら挨拶もそこそこにいかがされたのかしら?」

「昨日、買い付けていた者が戻ってきましてね。いやあ、さすがはバイレッタ様です。仰られたように、東に出向けばもうそれはそれは質のいい宝石がゴロゴロとあったとか! さあさ、ご覧になられて―――」

「まぁ、注文していた宝石をたくさん仕入れて来てくださったのですね、有り難いわぁ」


ラークの言葉を遮るようにバイレッタは声を張り上げた。

馴染みの店に来てしまったことを後悔したが、時すでに遅し、だ。

しっかりと耳に入れたアナルドが不思議そうに首を傾げている。


「貴女が買い付けを依頼したのですか?」

「まさか、そんなわけ…」

「そうなんですよ! バイレッタ様が次に来ると仰られたものは必ず流行するのです。今回は東へと言われた時はあんな山の中に金や銀などの宝石があるわけないと思っていたのですがね。まさか、黄柱玉とは。しかも良質! それなのに、あちらでは加工技術がないからとくず石として放置されているのだとか。また、デザインをご相談させてください。いくつかはデザイン画が出来上がっておりますので、アドバイスもいただければ幸いですが」

「アドバイスですか?」

「バイレッタ様の宝石のデザイン案は素晴らしいですよ。斬新で繊細、大胆で優美。見ているだけで惚れ惚れとしますから―――と、申し訳ありません、どちら様でしたでしょう。バイレッタ様が男性と来られるのは珍しいですね」

「ええ、そうだったかしら?」

「戦争に赴かれた旦那様を一途にお待ちしていらっしゃるのですから当然ではございますが…」


余計な一言が多い!

これで宝石店の経営者なのだから店の経営が心配になる。

客商売なのだから、相手の表情を読んでさりげなく対応するような心がけが欲しいものだ。


「初めまして、妻がいつも世話になっています。夫のアナルドと言います」

「つま…おっと…夫? ああ、貴方がアナルド様! なんだ、仕事で来られたのではなく夫婦でお買い物ですか、では邪魔してはいけませんね。しかし良かったですねぇ、無事に戦争からお戻りになられたのですか。バイレッタ様はこれほどの美貌でありながら、数々の相手を袖にしてずっとご夫君の帰還を待たれていたそうですから是非とも幸せにしてあげてください!」


にこやかに微笑まれて、バイレッタは言葉を失った。今さら離婚するつもりの相手だとか、言える雰囲気ではない。

夫に操を立てて待っていたわけではなく、仕事に人生捧げていたら色恋から遠ざかっただけだ。恋愛より金儲けが性に合っていたとも言うが。


「ええ、ありがとうございます。大事にしますね」


アナルドが驚くほど愛想よく応えていた。

貴方は噂に名高い冷酷無比な中佐ではなかったのですか。

今すぐに探索に出たいほどだ。


なぜ宝石店なんて選んでしまったのか。

ぐるぐる回る頭で、バイレッタは心の中で盛大に頭を抱えてうずくまるのだった。



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