第40話 お仕置きとご褒美

アナルドの腕を引いていたバイレッタが、中庭の途中まで来ると、急に彼が進路を変えた。てっきり会場に向かうかと思えば、人気のない方に向かっている。


やや奥まった茂みに向かうアナルドに、思わず足を停めて呼び掛ける。


「あの、どちらに…?」

「ここでいいのですか…」


振り向きざま、アナルドの手が伸びた。


「何の話で…んふっ?!」


問いかけは口づけで塞がれてしまった。そのまま息を飲んでいると、角度を変えてさらに深く落ちてくる。がっちりと大きな手が頭の後ろに回る。空いた手は、腰を支えていたがどちらかいえば、逃げられないように捕まっているようだ。

力強い腕はさすが軍人だと思わせるが、なにもこんなところで発揮しなくてもいいだろうに。


「ふっ…あん…やぁっ」


拒否の言葉はそのまま嬌声に代わってどこか鼻の抜けた媚びた声が出た。

いつになく性急に動く手は彼らしくない。だが、正確に的確に事態が進むのは彼らしい。

アナルドの手は躊躇なくスカートの中に伸びて、太ももをさらりと撫で上げる。慣れた手つきに体が歓喜にわななく。すっかり従順になった体に苛立つ感情も、抗えない喜びに飲まれていく。


だがここは野外だ。しかも皇宮の中庭だ。破廉恥な行為をして許される場所ではない。もちろん楽しむ男女もいることは知っているが、バイレッタには当てはまらない。

それとも彼の意識では妻は無料の娼婦のようなものだから、いつでも自分の都合にいいように抱けると思われているのだろうか。

否定したいが、もちろん詰る言葉も簡単には出ない。


「ああっ…ん」

「気持ちいいですか。会場に着いたらいいって言いましたよね?」

「はっ、やぁ…外はイヤ…です…っ」

「すっかり準備は整っているようですが?」


羞恥と快感とで思考が翻弄される。否定したいのに、言葉はどこまでも甘い。

体の間に挟まれた腕を、縋りつくようにアナルドの首に回されて、ますます二人の体はぴたりとくっついた。

短い呼吸の合間に舌を絡ませれば、どこまでも快楽に酔う。

確かに体はすっかり彼の言う通りだが、最後の矜持で頷きたくはない。


「ふっ…不快だなぁ…自分でも驚くほどだ…」

「ならっ…離し…てぇ」

「ご冗談を。ほら、少しは素直になったらどうです…?」


どこまでも快楽に弱い自分の体を嘲笑うように、夫が口角を上げる。

夫の指す不快なことが、何を言っているのか理解はできなくても、なぜか失望されたくないと心が叫んだ。


彼の長い指が肌を滑るだけで、ぞわぞわと腰がうずく。

アナルドの舌がねっとりと首筋を舐めあげる。それだけでたまらない気持ちになった。


「嫌だという嘘つきな妻にはお仕置きが必要でしょうが、俺が欲しいと上手にねだる妻にはご褒美もいりますね。簡単に踊らされている自分が腹立たしくて目が眩むようですよ。貴女は本当に俺を楽しませてくれる」

「やっ…あン…」


息を乱しながら、アナルドを見つめればエメラルド・グリーンの瞳が蠱惑的に光る。甘い疼きに感情は染め上げられて、真っ白になった。

お仕置きもご褒美もバイレッタが望んだものではない。

だが怒りは羞恥と快楽であっさりと上書きされる。快楽にあまりに弱すぎる己の体に激しい自己嫌悪に陥る。だが、それすらも甘美な悦楽に変わるのだ。


「覚悟してください、バイレッタ―――…」


彼の独白は溶ける意識に儚く消えるのだった。


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