第38話 無料の娼婦
アナルドが外に涼みに行くと言っていたので、会場に戻ってテラスの方に向かえば、奥まったところで夫の姿が見えた。
テラスの欄干にもたれて、誰かと話しているようだ。
だが、先ほどのカーラの姿は見えなかった。少しほっとした自分に首を傾げてしまう。
なぜ彼女の姿がないことに安堵するのだろう。あの濃厚な香水の匂いをかがなくてすむからだろうか。
「久しぶりに会ったらカーラ嬢は強烈だな。よく相手をしてられるもんだ」
アナルドの影になっていて姿は見えないが、声の様子から最初に会ったジョアンだと分かった。
友人との語らいを邪魔をするのも気が引ける。だが、このまま立ち聞きするのも憚られる。声をかけてから立ち去るべきか。勝手にどこかへ消えると彼が心配するかもしれない。いや、それとも気にも留めないだろうか。
バイレッタが逡巡していると、アナルドが淡々と答える。
「俺の周りにいた女などあんなものだ。知っているくせに」
「そうだな。その点、バイレッタ嬢も同類かと思ったが、女嫌いのお前が何を考えているんだ?」
「別に。ただ、妻だからな」
女嫌いだと?
女嫌いならば嫌いらしく放っておいてくれればいいものを。
なぜあんなに毎晩貪られなければならないのか。
嫌ならいつでも離婚に応じる。というかしてほしいと頼んでいるのを引き留めているのは彼の方だ。
「ああ、金もかからずに女が抱けるからか? 戦場では苦労したものな。都合のつく金が少ない上に安全な高級娼婦の数が少なくて。上官とかぶらないかヒヤヒヤしたな」
アナルドは答えなかったが笑ったようだった。ふっと空気が溢れる気配がした。
「あんな美人を無料で抱けるんだから、羨ましい話だ。娼婦でもなかなかいない器量よしだものな」
「そんなものか?」
「俺もお前も戦争前にさっさと結婚したが、周りは結婚ラッシュだ。ハインツのヤツにも縁談が来たらしいぞ。まあ、戦帰りには多いよな。なんせ無事に戻ってこなけりゃ話も持っていけないんだから。戻ってこられなかったやつらの相手が市場でだぶついてるって話だ。生きてる軍人なら誰でもいいらしいぞ。俺ももう少し待っていれば別嬪な嫁が来てくれたかな」
「顔は関係ないだろ」
「綺麗にこしたことはないだろう。まあ、お前より美人にはなかなかお目にかかれないが」
「やめろ、気持ち悪い」
「ほんとにお前は自分の顔が嫌いだよな。そういや第二方面の上官に狙われてたんだっけ?」
「丁重に断ったさ」
「ドレスラン大将閣下が随分と手を回したって聞いたけど? 派手にやらかしたんだろ」
男たちの軽口を聞きながら、バイレッタはそっとその場を離れるのだった。
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