第12話 諦めるのが肝心

領主館に着いてから早2週間が経つ。


ミレイナと周辺を散策したり、近くの村に行ってはしゃいでみたり、お弁当を持って遠出をしたり。

楽しい思い出がたくさんできていく。


可愛い義妹とたくさん遊べるのは本当に楽しい。

今も湖畔で大きく手を振っている。

金色の髪が風に吹かれ揺れている様は、一枚のポートレートのように絵になる。

このまま一枚描かせてみようかと真剣に検討する。


「危ないから、身を乗り出してはダメよ」

「わかっています、レタおねぇさま!」


その一方で義父との思い出も増えていくのはいかがなものか。


ふうっとため息つけば、隣に立っていた義父の眉がぴくりと上がった。


「何か不愉快なことでも考えただろう」

「とんでもございませんわ、お義父様。このような素敵な場所に連れてきていただいて感謝しているのです。ミレイナもとても喜んでいて可愛らしいわ」

「お前が儂をお義父様と呼ぶときは大抵皮肉が込められていると、残念ながら気づいてしまってな」

「あら、お義父様。申し訳ありませんが、皮肉だけではないので、改めさせていただきますわね」

「ははは、旦那様。いい加減若奥様には敵わないと諦めなさったほうがいい」


従者兼馭者のラスナーが豪快に笑った。彼は熊のような大男で、体格に見あったおおらかな気性の持ち主だ。

領地の視察がてら、馬車を出してくれるが護衛も務めているのでそれなりに腕も立つらしい。伯爵家には30年以上働いている古参の部類で、義父と同年代になる。

清々しい声に、義父も鼻を鳴らすだけで納めたようだ。


ちなみに義父が領地に顔を出したのは、伯爵を継いだ当初だけだったそうだ。だがその当初に領地での前妻の出産が重なりアナルドの子育てに突入して長々と居座っていたため、領主館の人達はアナルドに好意的だ。天使のようにお可愛らしいお坊っちゃまのお嫁様ということで、バイレッタにも良くしてくれるほどだ。

夫の顔は見たことがないとは言い出せる雰囲気もなかった。

ただ前妻が亡くなってからはさっぱり寄り付かなくなってしまったらしい。もう15年ほど前の話だそうだ。あきれ返って言葉もない。


最初のうちは、嘆願書なども頻繁に届き領地を見回ってほしいとの声も多かったがいつの頃からかその声もなくなった。半年に2回ほど査察官を送っているが問題はないとの報告に、執事頭を筆頭に領地を上手く経営できていると思っていたらしい。何かあれば今回のように金や物資を送っておしまいにしていた。挙げ句にはろくに報告書も読まず決裁していたというのだから、怠慢どころの騒ぎではない。

査察官が隠しもせず馬鹿正直に報告書を作ってきたことが不思議でならなかったが、義父の態度に納得してしまった。確認されないのだから、途中で偽装することも放棄したのだろう。

しかし長年国の審査も通っているのだから、義父ばかりを責められない。なぜ通る?と疑問は尽きかねないが、今は領地の件が先だ。

そんな義父は自分がいなくても領地経営が回ることを知って、ますます酒に逃げたとも言える。


「それで、ここはどうする?」


目の前に広がる大きめな湖を見て、義父が憮然と口を開く。

ここに来てようやく領主らしさをアピールし始めた義父は、あちこち回ってはバイレッタに改善案を出させる。

少しは自分で考えるか、専門家を雇えと言いたい。

だが、せっかくやる気になっているのだから、損なわせるのも領地や民のためによくないだろう。


「はいはい、話をはぐらかそうとする態度はわかっておりますが、乗ってあげますわね、お義父様。優しい義娘に感謝なさって? こちらは水路を作ったほうがいいですわね。あちらの村近くまで引きましょう。そうすれば、少しは雨水や氾濫した泥水に浸かる範囲も少なくなるかと」


湖の近くに広がるのどかな村は、最近長雨が続くと村が浸かって大変なことになるらしい。

雨水で増えた水嵩が湖の貯水量を優に超えて水が溢れて流れてくるとのことだった。こうなってしまってはどこかに流すしかない。だが、溢れた水は肥沃な土壌をもたらす。その一方で病の元にもなる。対処を間違えないように計画立てることが重要だ。

そのためには水量を管理して村に被害がないように水路を作るべきだ。


「ただ、今は戦時下で男手は少ないので基礎だけ作って、戦後に一気に進めるのが無難でしょう。基礎といっても、水害は今の半分に抑えられるでしょうね」

「若奥様のそのような知識はどこから得られるのですか?」

「こやつは商売人だ。大方、金儲けに敏感なのだろう」

「ですから、こうしていろいろと助言させていただいておりますでしょう。もっと褒めていただいても結構ですわよ?」

「貴様を図に乗せると碌なことにならんことは知っている」

「まあ、斬新な誉め言葉ですこと。ありがとうございます」

「ははは、旦那様。ですから、諦めるのが肝心ですよ」


長閑な昼下がりにラスナーの気持ちいい笑い声が上がるのだった。

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