第13話 始まりを予兆しない恋
「こんなところにいたのか」
丘の上から村を見下ろしていると、ふと青年が近寄ってきた。
茶髪に緑の瞳が優しい印象の好青年だ。
名はリロイ=バルロ。
見下ろしている村の村長の息子でもある。
自分よりも年は三つ上だと、初めて村長の家に義父と一緒に行った時に聞いた。
バイレッタに見とれたようにぼんやりしていた青年に気づいた義父が面白そうに口角を上げたのが腹立たしくはあり。
敢えて義父には無言を貫いたが、なるべく彼の視界に収まらないようにしていたのだが。
「伯爵様が、呼んでいたよ」
「わかりました、お知らせいただきまして申し訳ありません」
「い、いや。あの…」
真っ赤な顔をしながら必死で口をパクパクとさせている。
まるで、悪いことをしているようで見ていると可哀想になってくる。
聞けば結婚を約束した彼女はいるが、嫁はいないらしい。二十歳前とはいえ田舎の村長の息子が奥手とは、といらぬ心配までしてしまいそうだ。
「何かしら?」
「今日はここに泊まると聞いたんだけど」
「ええ、そのようですね」
「嫌いなものとかあるかな、あの、夕飯の要望とか聞こうかなって…」
村長の息子が、わざわざ尋ねる内容かはさておき、バイレッタは小首をかしげた。
「今の季節だとなにが美味しいのかしら」
「山菜とか、ウサギがご馳走かな」
「そう、美味しそうね。夕食にだしていただけるなら楽しみにしているわ。ミレイナ、お義父様に呼ばれたから先に戻るわね」
少し離れたところで、花を摘んでいた義妹に声をかければ元気な了承の言葉が返ってきた。
隣についている従者であるラスナーも頷いたのを見届けて、村長の家へと向かう。
連れだって歩いていると、不意に声をかけられた。
「リロイ、何してるの?」
「やあ、アリヤ。領主様の案内だよ」
「領主様? 女性でしょ」
同じ年頃くらいの少女だ。勝ち気な瞳が生意気そうに見える。今は不躾な視線で上から下まで観察されている。
「ああ、こちらは若様の奥様なんだって」
「若様の? なら、人の許嫁に色目は使わないでほしいわね」
「え、誤解だよ! 領主様が呼んでいたから、探しにきただけだよ」
「あら、お邪魔でしたわね。案内はここまでで結構ですわ」
村長の家はもう見えているので、迷子になることもない。
恋人同士の邪魔などするものか。人のものを横取りするようなそんな悪趣味もない。そもそも人の恋愛よりも自分の方を何とかしたい。
いつまで経っても始まりを予兆しない恋を、バイレッタはあまり期待しないで待っている状態なのだから。
「え、一人でなんて危ないよ。バイレッタ」
なぜか彼は許してもいないのに、自分の名前を呼ぶのだ。馴れ馴れしいと不快感を顕にしてもいいと思うが、どうせ二度と会うこともない一時の相手なので聞き流してもいる。
しかし明らかに、今のリロイと一緒にいるほうが身の危険を感じるのに引き留めるとは。やはり、彼は鈍いのだろうか。
貴族の人妻は遊んでいると思い込まれているのか、彼女はずっと厳しい目を向けてきているというのに。
「大丈夫ですわ。ああ、そうだ、最近、この辺りで見知らぬ人たちを見かけませんか?」
「この村の近く?」
少女が突然の話題転換にきょとんと瞬いた。その表情は意外に可愛らしい。
だが、心当たりはないようだ。
「もし見かけたら領主館にお知らせください。そのうち都からも騎士が派遣されるでしょうが、少し時間がかかりますものね」
「なによ、盗賊退治にしては随分と大がかりね」
「何も父からは聞いてないけど…」
「ある意味では賊の討伐ですけれど、なるべく被害のないようにしたいとは考えております。見かけたらで結構ですので、連絡のほどよろしくお願いしますね。では、失礼します」
バイレッタはにこりと微笑んで、さっさと村長の屋敷に向かって歩き出したのだった。
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