第11話 なよやかな女です
「あれ、旦那様っ?!」
「はあっ、旦那様ですか?」
領地にある屋敷に着いて、馬車から降りれば集まった使用人一同があたふたとしていた。
馬車が敷地に入ってきたのが見えたので慌てて駆けつけてきたのだろうと簡単に想像がつく慌てふためきっぷりだ。
どれほど長い間空けていれば、これほど疑問符ばかり浮かべた使用人が集まるのだ。思わず胡乱な視線を向けてしまった自分は悪くないと思う。
ミレイナは初めてきた館を見つめてきょろきょろしていたが、使用人が寄ってきたので、すっかりバイレッタのスカートの影に隠れて覗き見している。
可愛らしい様子に内心でほっこりとしていると、玄関の扉が荒々しく開かれた。
「だ、旦那様、ようこそお越しくださいました」
屋敷の玄関口から30歳くらいの男が飛び出してきて、大きく頭を下げた。
義父は不機嫌そうに、男に執事頭の居場所を尋ねた。
「ガリアン、バードゥはどうした」
「それが、昨日から姿が見えず…我々も探していたところだったんです。もしかして何か事故に遭ってしまったとかでしょうか…ちょっと所用で街まで行ってくるとしか聞いていなかったので、皆で心配していたところだったのですが」
心配げに眉を下げた彼に、ぐぬぬと唸り声が重なった。言わずと知れた義父から漏れた声だ。
領地を訪れる旨の連絡はしていないはずだ。だからこそ、使用人一同が慌てているのだから。だが執事頭のほうが一枚上手だったようだ。
「姿が見えないそうですけれど…」
「うるさい、お前は黙っていろ! ガリアン、もうバードゥはいない者として扱え。いいなっ」
「え、それはどういうことでしょう??」
「口答えは許さん。お前もそれ以上、言及するなよ」
肝心の執事がいないからと言って当たらないで欲しいわー、とこっそりとため息ついていると、男と視線が合った。思わず反射的に微笑んでしまう。
すると男はびっくりしたように慌てて、居住いを正した。
「奥様でいらっしゃいますか? 申し遅れました、私執事補佐のガリアンと申します!」
「お、奥様?」
いや、間違ってないけれど、誰の妻だと思われているのだろうか。
「馬鹿者、こんなそこつ者を儂が娶るわけないだろうが。これは倅の嫁だ」
心底嫌そうに義父が訂正している。バイレッタだって実父と同じくらいの年齢の男性が夫であるとは思いたくはないが、そこまで露骨な顔をされると、それはそれで不快だ。
「若い奥様をもらったと言われたのですから、もっと嬉しそうな顔をなさってはいかがです?」
「お前が随分と老けて見えただけかもしれんだろう。なんせふてぶてしさではすっかり老獪の域だからな」
「ほほほ、お義父様。面白いお話ですわね。こんな可憐な小娘を指して老獪? 褒めるならばもっと言葉を選ばれたほうがよろしいですわよ。独特なセンスに言葉もありませんわ」
「そういうところがふてぶてしいというんだ」
「吹けば折れそうななよやかな女でございますよ、もう少し優しく労わってくださいな」
ころころと笑えば、義父はふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
口で勝てないとわかるとすぐに拗ねる。
「え、ええ? あの、旦那様? 倅というと、アナルド様ですか? 随分と仲が良いようで……」
「どこが仲がいいように見えるんだ。このふてぶてしい嫁を見ろ。可愛げもない」
「いやー、十分でございますよ。そうですか、アナルド様の奥様でいらっしゃいましたか」
「バイレッタと申します、しばらくお世話になりますね」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらはミレイナお嬢様でいらっしゃいますね。初めまして。ようこそ、スワンガン領主館へ」
ガリアンと呼ばれた男はにこりと人好きのする笑顔で出迎えてくれたのだった。
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