第8話 え、二階?
朝からご機嫌なバイレッタに、横で朝食をとっていたミレイナは首を傾げた。
「おねぇさま、何かいいことでもあるの?」
「ふふ、頼んでいた物が出来上がったと知らせが来たのよ。ですので、朝から少し出かけてまいります」
向かいで食事をしていた義父に声をかければ、少し訝しんだ表情で小さく頷く。
「そうか。午後には査察官が来るから同席するように」
「わかりましたわ」
詐欺師のダントを追い返した日以来、伯爵は領地の経営などについてもバイレッタに相談するようになった。もちろん細かいところまでわかるはずもないので、概要だけだが帳簿を何気なしに計算していれば数字が合わないところも出てくる。
義父に告げれば領地に派遣した査察官を呼び戻してくれた。それが今日の午後に来るらしい。
バイレッタが経営している店からも連絡が来ていたので、ちょうど重なった形だ。
だが、十分に戻ってこられるだろう。
時間を確認しているとくいくいと袖を引かれた。
横を向くと、ミレイナが上目遣いで見上げてくる。
「おねぇさま、ミレイナもついていってもいい?」
「ミレイナ、我儘はいけません」
「お義母様がよければ、一緒に行けますわよ」
「本当? おかあさま、いいかしら?」
「バイレッタさんの迷惑にならないように大人しくしているのですよ」
「はい、きちんといい子にしています」
神妙に頷いているが、頬をバラ色に染めたミレイナの喜びは隠しようがない。
愛らしい義妹の様子に、思わず笑みがこぼれる。
「では、食事がすんだら出かける用意をしてね、ミレイナ」
「わかりました」
優しく金色の髪を撫でると、少女は元気に返事をするのだった。
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王都のガイデイア通りとランクス通りの南西、大通りに面したところに件の店はある。サンクスミリア地区の第5区画2番地だ。
小さな店だが、落ち着いた雰囲気の外観になっている。中に入れば華やかなドレスが品よく飾られて、小物なども綺麗に並べられていた。
巷のテイラーなどと違うところは、いらなくなったドレスを洗濯して仕立て直すという作業をメインにしているところだ。
戦時中なので派手な装いは眉を顰められる。服飾にかける浪費もたとえ貴族といえどもままならないご時世だ。だが、ご婦人方にも付き合いもあれば着飾りたいとの思いもある。なので、手持ちのドレスを改造して別のドレスを作る商売を始めた。一から仕立てるよりも半分以下の値段で新しいドレスが出来上がるため、あっという間に人気になった。出張して自宅にあるドレスを手直しするという依頼も受け付けている。これが思いのほか、需要がある。
外聞を重んじる貴族であれど、どこも内情は厳しいものだ。
質素倹約を掲げている風潮に乗れば、見栄など些末なものになる。むしろ率先して着てくれているので、いい宣伝材料と刷り込みになる。古着というよりリメイクと呼ぶことで新鮮さと昔のものを大事にしていると付加価値をつけることができるのだ。
なにより常に最新の流行をとりいれた斬新なデザインを標榜しているため、人気にも一役買っている。
おかげで淑女の皆の口コミで商売は上々だ。売上も順調に伸びている。
なによりやりがいのある仕事で楽しい。
恋愛や結婚を逃げ回っている最大の理由でもある。
本当ならば未婚のまま仕事を続けていたかったが、夫がいない結婚生活も悪くないので現状のままひとまず仕事に没頭する。
店舗に入れば、ミレイナが瞳を瞬かせた。飾られたドレスを眺めてはほうっと息を吐いている。
「ミレイナも1着ドレスを作ってみる?」
「いいの?」
「もちろん。可愛い義妹にプレゼントさせてちょうだい?」
「ありがとう、おねぇさま!」
二人でドレスを囲んでいると、くすくすと笑い声が聞こえた。
「バイレッタ様、お待ちしておりました。本日は可愛らしいお客様をおつれでいらっしゃいますね」
店の従業員の制服に身を包んだ長身の男だ。
従業員兼店の表のオーナーでもあるレットだ。藍色の髪をさらりと流した上品な青年だが、彼の物腰柔らかい所作に騙されると、あっという間に身ぐるみ剥がされるという恐ろしい人物でもある。年は20歳だが、年上にも年下にも見える不思議な雰囲気を持っている。
表向きはバイレッタは客になっている。誰が16歳の小娘が店を経営していると思うだろう。侮られないためにも、レットが表に立って采配してくれているのでありがたい。
「義妹のミレイナよ、よろしくお願いするわね」
「はい、ミレイナお嬢様はこちらへどうぞ。バイレッタ様は二階へお上がりください」
「え、二階?」
今日は出来上がったという商品を見に来たので、作業場でもある一階の奥の部屋へと行くつもりだった。二階にはオーナーの部屋と仮眠室、特別な客を通す応接室くらいしかない。
顔色を変えたバイレッタに、レットが憐れみの眼差しを向ける。
「会頭がいらっしゃっていますよ」
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