第20話 不徳の致すところ

義父に頼んで書簡に一筆書いてもらい、封蝋まで伯爵印を押してもらった。

戦地へ宛てて送ったが、二月経っても返事が戻ってこない。

郵便事情が悪化しているとしても、これほど返事に時間がかかるとは思えないのだが。


「お義父様、そろそろ屋敷から出ていこうと思うのですが」

「息子から返事が来ないことには、儂にはどうすることもできんぞ」

「いえ、これ以上お義父様のお手を煩わせるわけにはいきませんもの、一筆いただいただけで結構ですわ。けれど、相手方の出方がわからないというのは困ったものですね」


自分に執着される覚えはないのであっさりと離婚に応じてもらえるとは思っているが、何事も不測の事態というのは起こるものだ。とくに相手の思考が読めないのだから、行動には慎重にならざるを得ない。


「そんなに離婚したいものか? 別に嫁ぎたい相手がいるわけでもあるまい」

「私はそもそも嫁ぐつもりはありませんでしたから。思いの外、この家は居心地がよかったのですが、夫に縛られるのはごめんですわ」

「息子は束縛するよりは好き勝手させるだろう、今の生活となんら変わらん」

「それでも夫という立場上、付き合わなければならないことも多いでしょう。妻にしてほしくないこともあるでしょうし。外国への買い付けも許してはくれないでしょう?」

「まぁ、どこまで口を出すかはわからないが、外国へは簡単には行けないだろうな」

「それが苦痛なのです。商機を逃がしてしまうかもしれないことに恐怖を覚えるのです」


バイレッタが力説すれば、義父は呆れたように息を吐いた。


「根っからの商売人だな」

「誉め言葉をありがとうございます。ですから、身軽になりたいのですわ」

「まぁ、好きにするがいい。どうせしばらくは帝都で忙しくしているのだろう?」

「そうですわね、こちらの商品の動きは気になるところですし、人の動向も活発になりますから」

「ならば、しばらくは屋敷にいるといい。どうせ息子は家に寄り付きもしないからな」


義父は淡々と口にする。

確かに親子仲は悪いようで、使用人の誰に聞いてもバイレッタの夫がこの屋敷に顔を出すことはよほどのことがない限りないと断言しているほどだ。


荷造りは済んでいるのでいつでも出ていけるのだが、ではいつと聞かれると決め手にかける。それほどには、この家に未練があるらしい。


「おかしなことですわね、お義父様にはこき使われた覚えしかないというのに…ここでの生活が意外に楽しかったようですわ」

「貴様は相変わらず歯に衣着せぬ暴言を…せめて淑女らしく淑やかに感謝したらどうだ」

「まぁ、お義父様こそ変わらぬ誉め言葉のセンスですわね。最後まで直らなかったことが悔やまれますわ。不徳の致すところで申し訳ございません?」


殊勝に謝って見せたバイレッタに、義父はなんとも言えない表情で口を真一文字に閉じるのだった。


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