第2章 この度は
第19話 隣国への降伏勧告
ついに動くべき事態が起こってしまった。
帝都新聞の一面の記事を見て、思わずバイレッタはスワンガン伯爵家の応接間のソファに深く座りながら唸ってしまった。
「レタお義姉様、どうされましたの?」
すっかり大人になったミレイナが、向かいのソファに座りながら首を傾げた。母親に似た儚げな美人だが、意外に芯の強い頑固な面もある。何にせよ自分にとっては慕ってくれる可愛い義妹だ。
その横で新聞を持ってきてくれた少年が傷ましそうに、緑の目を伏せた。
艶やかな金茶の髪色をした少年は、ミレイナの婚約者でもあるべナードだ。
ナイトラン伯爵家の嫡男で、ミレイナと同じ15歳だ。
「隣国が降伏勧告を受け入れたのよ」
「べナード様、どういうことなの」
「休戦協定が結ばれる。つまり君のお兄さんが帰ってくるんだよ」
「え、お兄様が? お、お義姉様、ど、どういたしましょう?!」
常々、スワンガン伯爵一家には、アナルドが終戦となって戦地から戻ってくることが決まったら離婚するつもりであることは伝えてあった。
義父は渋々だが、義母も義妹もどちらも大賛成してくれた。冷たいアナルドの姿を知っているからだろう。彼を夫にしていても幸せにはなれないと面と向かって言われもいる。
戻ってきたところで、関心すらないだろうと二人は太鼓判を押してくれたが、それならば尚更、離婚をしておきたい。
すでに24歳になってしまったが、まだまだやりたいことがいっぱいだ。
戦争が終結したら、帝都は復興に湧くだろう。需要が伸びるのだから、商売も好調になる。今までの比ではない。
今は小さな服飾店は人に渡して、大規模な工場のオーナーに就いているバイレッタの頭は目まぐるしく回転する。
大きな夢もある。
自分に無関心な夫に邪魔されるわけにはいかないのだ。
「順次南部戦線から撤退させているとあるけれど、下級兵士たちが最初でしょうから、アナルド様はまだ前線にいらっしゃるでしょう。佐官として指揮をとっておられるでしょうし。手紙を書くわ、さっそく動かなくては」
「お義姉様、寂しいけれど応援しております」
「ありがとう、ミレイナ。べナードも教えてくれてありがとう」
「いえ、少しでもレタ義姉様の力添えができてうれしいです」
ミレイナとベナードは王宮主催のデビュッタントの夜会で知り合った。二人はお互い一目惚れだったようなのだが、奥手なミレイナが、声をかけられるわけもない。そして優しいベナードも、どちらかといえば消極的で、じれったく思ったバイレッタが色々と手を尽くして、なんとか恋人同士になれたのだ。
家格も釣り合うし、障害など何もないのだが、唯一の障害がお互いの性格という難儀な話なのだった。
そのため、ベナードはバイレッタを実の姉以上に慕ってくれている。
一人っ子の彼には兄弟などいないので、より懐かれてしまった。
べナードは文官志望で、帝都にある学校を卒業したら城に勤めることになっている。何を隠そうバイレッタも卒業した母校でもあるので先輩後輩の間柄に当たる。上下関係が厳しく例え卒業して接点がなくとも、先輩に逆らうことは許されない暗黙の掟がある。馬鹿馬鹿しいと思っているバイレッタだが、彼と知り合えたことは確かに有り難い繋がりではあった。
卒業生は洩れなく官僚コースを歩むことで有名な学校だ。そのため、情報を得るのも速いのだが、今回は新聞の方が速かったようだ。
「お義父様にお会いしてくるわ」
バイレッタは、心配げに見送ってくれる二人を残して、義父の書斎へと足早に向かうのだった。
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