第4話 嫁いできたばかりの嫁です

ランプの明かりの下、食堂の軒先に出れば先に出ていた義父が瞳を眇める。


「その恰好でいいのか」


さすがに花嫁衣裳からは着替えているが、やや華やかなドレスを着ているのは間違いない。ふんわりと裾の広がるワンピースだ。ちなみに伯爵家にはまったく用意がされていなかったので自前のものだ。

結婚祝いにと両親が贈ってくれたものなので、血で汚すわけにもいかない。

伯爵家に嫁ぐのだからと、生地もなかなか高価なようでごしごし洗って血糊を落とすわけにもいかないのだから。

もしかしたらこういうことを予想して戒めのために贈られたのかもしれないが、要は汚しさえせずに華麗に沈めればいいだけだ。


「もちろん、スカートだから負けたとは言いませんわ。それに、慣れておりますの」

「ふんっ、小娘が生意気な! そこそこの腕で傲っているのだろうが、すぐにその減らず口叩けなくしてくれるっ」

「お義父様こそ、酩酊していて手元がぶれたなどと言い訳なさらないでくださいね」

「はははっ、面白いことを言うな、小娘。退役軍人と侮ったこと、あの世で悔いるがいい」


言葉とともに構えた真剣を正面から振り下ろしてくる。それを自身の剣で受け止め、横に流す。

たとえ酒に酔っていると言っても男の力に敵うはずもない。

受けて、流す。ただひたすらにそれを繰り返す。

見た目に派手さはないがかなりの技術だ。この技を身に着けるためには長い修練がいる。義父は気づいてはいないのだろう。だが忌々しそうに舌打ちした。


「受けてばかりで、逃げるだけかっ」

「小娘ですもの、それなりのやり方がありますわ」


義父の剣先は思ったよりも速い。だが、現役大佐の父には劣る。兄にすら届かない腕前だろう。酔っているせいか、軌道も読みやすい。愚直なほどだ。


不意に結婚の条件を思い出した。

道場志願者などと喩えたが、まさか的中していたとは。

内心でおかしく思えば、義父の眉がわずかに顰められた。別に義父を馬鹿にしたわけではないが、勘違いしたのかもしれない。

何度も上がる剣戟の音に、いつまでも決着のつかない勝負に焦れているのだろう。


「このっ」

「はあっ」


焦りは隙を生む。

横薙ぎされた剣を自身の剣で絡めとって、弾く。

義父から離れた剣はくるくると弧を描いて、やや遠くの地面に突き刺さった。

茫然とした様子の義父の喉元に剣の切っ先を突き付ける。


「勝負ありましたわね、お義父様。ですから、酔っていると申し上げましたのよ」

「くっ、お前…何者だ」

「まあ、どれほど酔っていらっしゃるの。私は本日こちらに嫁いできましたスワンガン伯爵家の嫁でしょう。もうお忘れですか?」


艶やかにほほ笑めば、目を瞠った義父が、くっと唇を歪めた。自身すらあざ笑っているような表情だ。


「そうか……あいつはこんな娘を嫁にしたのか。わかった、好きにするがいい。何が望みだ」

「ですから、先ほどから申し上げておりますわ」


これ以上の深酒の禁止と、酒はほどほどにという忠告を伝えれば、今度こそ爆笑される。

対応に困った義母と家令を筆頭に使用人一同が、主の様子に驚天動地の心持ちで直立している様子が手に取るように伝わってくる。

しばらくの間、伯爵家には高笑いだけが響くのだった。

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