第2話 出征した夫

散々ごねて、結婚式当日を迎えた。

暴れても、脅しても、逃げ出しても白紙に戻らなかったので、さすがのバイレッタも腹を括った。


直接相手に直談判しようと決意して、伯爵家が用意した豪奢な馬車に乗り込む。花嫁衣装に身を包み、馬車に押し込まれ、揺られること半刻。

たどり着いた家は帝都の中央に居を構えていた。外れの方でこじんまりと建っている我が家との違いに愕然とした。

大きな屋敷に広大な庭。

こんなところに嫁ぐだなんて、信じられない。

何かに化かされた気分だ。


父に連れられ、屋敷の中へと使用人一同に出迎えられれば、スワンガン伯爵家当主が応接間で出迎えてくれた。

年の頃は五十代だろう。茶色の髪に白いものが混じり始めているが、体躯の立派な男だ。ただし水色の瞳はドロリと濁っている。

どこか退廃的な様子に、違和感を覚えたがバイレッタの意識はすぐに別なものに向けられた。


当主の横に座る女性の顔色がすこぶる悪いのだ。金色の艶やかな髪を結い上げたまだ年若い女性だ。30代だろうに、疲れたような影を背負っている。とても25歳の息子がいるとは思えないので後妻だろうとは想像がついた。

儚げといえばそれまでだが、あまりに痛々しい様子に、知らずバイレッタの眉間に皺が寄る。


「あいにくと息子は昨日戦場へ出立した。戦況がよろしくないらしい。結婚式は改めて帰還してから話し合いでもしてくれ。ただし書面上はもう我が義娘となっているとのことだ。あの忌ま忌ましい息子は階級を上げて出征していきおったからな」

「伯爵様、それはどういうことでしょうか」

「聞いておらんのか。結婚すれば、階級を上げてやると言われて二つ返事で引き受けたのだ。妻を出迎えたあとは屋敷の中で適当に過ごさせておけと言い於いてな」


父は初めて聞く話なのだろう。顔色を変えて絶句していた。だがその横で、バイレッタは夫がいないのであれば、その間は妻という立場にいてもいいかと考えを改めた。

夫という碌でもない木偶の坊に縛られることもなく、家族から結婚を煩く勧められることもなくなるのだ。なかなか快適な生活になりそうに思われた。

もし夫が戦場から戻ってくるのであれば、その時に逃げればいいのだ。都合のいいことに、夫も自分には興味がないようだし、あっさりと離婚に応じるに違いない。


「当主たる儂があやつの言うことを聞く道理もあるまい。肝心の夫もいない今、帰りたいならば子爵家で暮らしても構わぬがどうする?」


投げ遣りに問いかけられ、バイレッタはゆっくりと瞬きをした。


「バイレッタ、さすがにこれは私が悪かった。家に帰ってきてもいいのだぞ」

「いいえ、お父様。私、このままこのお屋敷で過ごさせていただきたく思います。夫からのお言葉もありますもの」


強い視線を向ければ、父は何かに気がついたように一つ頷いた。

仁義と人情に篤い娘の琴線に触れる何かがこの家にはあるとわかってくれたのだろう。


こうして、バイレッタはスワンガン伯爵家へと迎えられたのだった。

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